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5 絵の中に入ってみる

美術鑑賞を楽しむ6つの手がかり

2015年1月22日 更新

「作品の見方に自信がない」――そのような声をよく聞きます。しかし、美術は本来自由なもの。難しく考えず、自分の見方で自由に鑑賞したいものです。本コーナーでは、光村図書中学校・高等学校『美術』教科書の著者を務める上野行一先生に、美術鑑賞を楽しむ手がかりをご紹介いただきます。

絵を楽しむには、絵のなかに入ってみることも大切です。風景画なら、その景色のなかで光や風を感じてみることです。温度や湿気、ざわめきやにおい、空気を感じること。自分をそこに置くことで、描かれた世界が絵空事でなくなります。そもそも写生された絵は、特定の時間と空間を表したものですから、そのなかに入り込むことは作者の目を追体験することにもなります。

アンドリュー・ワイエスの《クリスティーナの世界》 (ニューヨーク近代美術館)は、画中に自然に入り込める作品のひとつでしょう。

草原の上に横たわる女性が背を向けているせいか、その人物の脇に立ってみると、絵のなかに吸い寄せられそうです。では、誘われるままに、絵の世界に入ってみましょう。

風が冷たい。描かれた女性の髪がなびいているように、自分の髪も風をとらえます。天候は良く、空は晴れわたり陽射しも強いのに、この寂寥感は何でしょうか。彼女は陽気に日向ぼっこをしているわけではなさそうです。足もとの草は乾いています。草原の前方に見えるのは轍でしょうか、辿っていくと木造の家が見えます。近くにありそうで、何だか遠い家。そう見えるのは地平線の上に描かれているからでしょう。草が刈り取られているせいか、家の周りだけ大きな円で囲まれたように見え、女性がいる所と色調が異なっています。女性の居場所とひと続きでないところにこの家はある。いや、そのように描かれているのです。
女性が一人、草原の上に横たわり、這うようなしぐさをしているのはどう考えても普通ではありません。居心地がいいのか悪いのか。笑っているのか泣いているのか、表情が見えないので想像するしかない。骨と関節のごつごつした腕の細さが悲しい。

という具合に、絵の外から眺めるのではなく、自分を画中に置き、絵のなかから風景を見わたし、世界を探索するのです。描かれた風景が、自分を画中に置くことで感じられた草のにおいや髪をとらえる風の感覚と結びつき、実際は見たこともないのになぜか懐かしい気分になることもあるでしょう。風景が人物の心象を表していることに気がついたりもします。そして、作品をより深く味わうことができるのです。

関連書籍

対話による美術鑑賞の決定版!
『風神雷神はなぜ笑っているのか 対話による鑑賞完全講座』 (上野行一 著)

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