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Story 2 読書がもたらしてくれるもの

――翻訳だけでなく,本を紹介するお仕事も精力的にこなされていますが,今の若者の読書傾向について,どうお感じですか。

あちこちのメディアで,「最近の若者は本を読まなくなった」という声を聞きますが,僕はそうは思いません。変わったのは,読書に対する考え方です。
今の若者は,確かにライトノベルを手に取る機会が多い。かといって,芥川賞作家の作品を読まないかというと,そうでもない。川上弘美も,綿矢りさも,長嶋有も,気に入ったものは抵抗なく読んでいます。
「何歳になったら,これを読まなくてはならない」とか「この本を読んでいないのは恥ずかしい」といった,いわゆる教養としての読書が意味をもたなくなっただけなのではないでしょうか。こうした意識の変化は,読み手だけではなく,書き手にもあると感じています。 

金原 瑞人(翻訳家)

――それだけ,選ぶ本の幅が広がっているということでしょうか。

「小説そのものが若者に近づいてきた」と言っていい気がします。先ほどライトノベルの話をしましたが,中高生を読者対象とした,いわゆるヤングアダルト(Y.A.)の台頭が大きな転機になったと思います。
ご存じのように,アメリカでヤングアダルトが誕生したのは1970年代で,この時代,アメリカでは少年非行・ドラッグ・妊娠・アルコール依存症・親の離婚など,若者をめぐる社会問題が山積していた。夢を育むだけでなく,そんな現実を直視した作品を待望する読者がいて,読ませたいと願う大人がいました。
こんな社会状況の中で生まれたのが,「アウトサイダーズ」(スーザン・ヒントン)をはじめとする問題提起型の作品群です。

――中高生の世代が,「自分のこと」として読める作品が生まれたということですね。

ええ。日本でも,1980年代からヤングアダルトの翻訳が登場するようになり,90年代になって,江國香織・森絵都・上橋菜穂子らの作家が注目されるようになりました。もちろん,日本とアメリカでは土壌が違うので,アメリカほどシリアスな作品ばかりではありませんでしたが,2000年代ではすっかり定着しました。子どもでもなく,大人でもない世代が,「これは自分たちのために書かれたものだ」と感じられる本が多く出版されるようになったのです。

金原 瑞人(翻訳家)

金原 瑞人(翻訳家)

仕事場には,無数の原書とともに,焼き物やワインボトルの替え栓などのコレクションも。どれも,金原さんが旅先で買い集めたもの。

「若者向けの本」というと,過去にはそれだけで抵抗を示す人もいましたが,「若者向けの音楽」や「若者向けのファッション」があることを思えば,「若者向けの本」が支持されるのは,きわめて自然なことだと思います。

――読書だけが特別の行為ではなく,音楽やファッションを選ぶように,一人一人が自分の楽しみ方を見つけるようになったということですか。

そうですね。さっきも言ったように,彼らは芥川賞作品も古典名作も読みますが,それは「何歳になったから」ではなく,「読みたくなったから」読むんです。「何のために本を読むのか」と質問されたら,おそらく彼らは,「楽しいから」と答えるでしょう。僕も,そうあってほしいと思う。
以前,全国学力調査が行われた後の新聞に「読書が好きと答えた子は,小・中学校とも全教科で正答率が高かった」という記事が載っていましたが,これには疑問をもちましたね。同様に,「1日に4時間以上ゲームをしている子は正答率が低かった」という記事にも。読書だって,ゲームと同じですよ。本当に本が好きで,1日に4時間以上読書している子がいたら,あまり成績はよくないはずです。だって,勉強する時間がありませんから(笑)。
誰しも,好きだから読むんです。学力を高めるために本を読もうなんて思いません。僕たち大人にしても,それは同じでしょう。

――読書量に関する調査が,あちこちで出ています。このことについてのお考えは,どうですか。

何冊読んだかと,何を得たかは別の問題だと思います。実は,娘(金原ひとみ)は僕に似て,やたらと読むのが速いんです。ちょっと散歩に行って,本屋に寄ったら,コバルト文庫くらい立ち読みで読み終えてしまう。ところが,息子はやたらと遅いんです。どうしてかと聞くと,いちいち想像しないと先に進めないというんです。人物が出てきたら,「どんな顔だろう」「何を着ているんだろう」「どっちを向いているんだろう」という具合に。

金原 瑞人(翻訳家)

仕事場から徒歩1分ほどのところに部屋を借り,書庫として利用。

別に,どちらがいいという問題でもなく,楽しみ方はいろいろあっていいと思います。ミステリ作家の座談会で,森博嗣さんが話していらしたのですが,あの方は書くのは速いのに,1冊読むのに1週間も10日もかかるそうです。うちの息子と同じで,いちいち想像して,その都度立ち止まってしまうらしい。
そんな森さんが,あるとき学生から「本が速く読めるようになるには,どうすればいいですか」という質問を受けたそうで,ムッと来た森さんは,「あなたは,フランス料理のフルコースを10分で食べられたら,うれしいですか」。そう答えたそうです(笑)。

Photo: Shunsuke Suzuki


金原 瑞人 [かねはら・みずひと]

1954年,岡山県生まれ。翻訳家,児童文学研究家。法政大学社会学部教授。法政大学文学部英文学科卒業後,同大学院修了。訳書は児童書,一般書,ノンフィクションなど400点以上。日本にヤングアダルト(Y.A.)というジャンルを紹介。主な訳書に,ペック著『豚の死なない日』(白水社),シアラー著『青空のむこう』(求龍堂),ヴォネガット著『国のない男』(NHK出版),グリーン著『さよならを待つふたりのために』(岩波書店)など。エッセイに『翻訳のさじかげん』(ポプラ社),日本の古典の翻案に『雨月物語』(岩崎書店),『仮名手本忠臣蔵』(偕成社)など。

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