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Story 3 日本語で表現するということ

――金原さんは,大学で「創作ゼミ」もおもちだと聞いています。どんなゼミでしょう。

「創作ゼミ」は,もう20年くらい続けていて,小説でもエッセイでも詩でも短歌でもいいから,毎週自分の書いたものを持ち寄って,感想を言い合うというゼミなんです。今年は30人くらい集まっています。

金原 瑞人(翻訳家)

実は20年のうちに,ライトノベル作家としてデビューした学生が7人いるんですが,このゼミはプロの書き手になるための修行の場とかでなく,それぞれが書いたり読んだりするのを楽しむ場であればいいと思って続けてきました。

――20年の間に,学生の書く文章や言葉の選び方に変化のようなものはありませんでしたか。

「今の若者は,ちゃんとした日本語が書けなくなった」とか「日本語が乱れている」とかいう声を聞くことがありますが,僕が見る限り,そんなことはありませんよ。そうした批判をする人にとっての「ちゃんとした日本語」というのが,どういう日本語かわかりませんが,言葉は絶えず変化するものです。
僕が若い頃には,「ら抜き」言葉や「い抜き」言葉は「けしからん」とされてきたし,僕自身もそんな言葉に違和感をもっていましたが,今は,そんな言葉で書かれた文章に,何の不自然さもない。むしろ「ら抜き」や「い抜き」でないほうが,変に思えることがある。

木下 史青(展示デザイナー)

これは,生きた暮らしの中で使われる言葉が,そういうふうに変化してきたからだと思います。日々使われる言葉が変われば,書く言葉も変わって当然ですからね。

――「書くこと」それ自体については,どうですか。やはり,この20年で変化はありましたか。

一つは,若い人たちも長い文章が書けるようになったということでしょうか。これには,ワープロやパソコンの普及が大きく作用していると思います。かつて「書く」といったら,鉛筆を持って原稿用紙の前に座るところから始まりましたが,今は携帯電話で打ったものを自分のパソコンに送って編集することが簡単にできます。それを誰かにネットで読んでもらって,反応や感想を聞くこともできる。楽に書ける状況にあると思います。

これとも関連しますが,もう一つは,書こうとする年代が若くなったということですね。昔は,作家デビューするのは,早くても20代後半から30代でした。大学を卒業して,ある程度,文章修業して,それからデビューだったのが,今は20歳前後も珍しくない。この間,ライトノベルのルビー文庫(角川書店)の新人賞の選考をしましたが,最終に残ったのは,全員20代そこそこでした。
やはりワープロやパソコンの普及で,書くことへの抵抗がなくなったことが大きな理由でしょう。かつて書き手には,ある程度の教養とともに,書くことに対する忍耐力も必要とされた。だから,若い層には難しかったのが,今はそうではなくなったのだと思います。

――「書くこと」を毛嫌いしなくなったのは,うれしいことですが,これからの若い人たちに何か助言のようなものはありますか。

そうですね。翻訳の話に戻りますが,以前,翻訳家を目ざす若い人たちのために,翻訳学校で教えていたことがありました。そのとき気になったのが,外国語を訳すときの,日本語の選び方でした。
どういうことかというと,彼らが訳した日本語を見ると,「仁王立ちになる」とか,「碁盤の目のように」とか,「侃侃諤諤(かんかんがくがく)の」とか,「おいおい。こんな日本語,普段使っていないだろ?」と言いたくなるような言葉が,突如出てくる(笑)。

金原 瑞人(翻訳家)

――確かに,日常生活で「仁王立ちになる」を使っている人はいませんものね。

はい。やっぱり構えてしまうんでしょうか。外国語を日本語にするからといって,特別な言葉にしなければならないわけじゃない。「自分にしか書けない言葉」って,そんなものじゃないと思うんです。これは,翻訳だけじゃなく,小説やエッセイを書くときも同じです。
さっきも言いましたが,社会や生活の空気を吸って,言葉は変化する。読者と同じく,自分もその社会や生活の空気を吸っているわけだから,自分が普段使っている言葉で書けばいい。毎日の暮らしの中にこそ,「自分の言葉」があるのだと思います。それを見つけてほしいですね。

Photo: Shunsuke Suzuki


金原 瑞人 [かねはら・みずひと]

1954年,岡山県生まれ。翻訳家,児童文学研究家。法政大学社会学部教授。法政大学文学部英文学科卒業後,同大学院修了。訳書は児童書,一般書,ノンフィクションなど400点以上。日本にヤングアダルト(Y.A.)というジャンルを紹介。主な訳書に,ペック著『豚の死なない日』(白水社),シアラー著『青空のむこう』(求龍堂),ヴォネガット著『国のない男』(NHK出版),グリーン著『さよならを待つふたりのために』(岩波書店)など。エッセイに『翻訳のさじかげん』(ポプラ社),日本の古典の翻案に『雨月物語』(岩崎書店),『仮名手本忠臣蔵』(偕成社)など。

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