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Story 2 桜道楽の系譜

鈴木 おじいさんの代から三代にわたって桜守をされ,桜にまつわるさまざまなものを残してきました。藤右衛門さんも『さくら大観』という写真集を出されていますが,そのあとがきでお爺さん,お父さん,自分と続いてきた桜守三代の系譜を「阿呆の相続」と書いていましたね。

佐野 家業だけに専念していたら,もっと気楽に生きられますわな。まあ,おじい(祖父)も親父もわしも,桜の守りという余計なことを背負い込んだんですな。でも,今さらやめるわけにもいきまへん。まったく「阿呆」にしかできないことでしょうが,好きでやってるだけや。真面目に考えたら,こんなこと嫌になりまっせ(笑)。

鈴木 桜と向き合ってるとき,お爺さん,お父さんのことを思い起こすこともあるんでしょうね。

佐野 全国各地の桜の守りをしていますが,ときどき「あれ?」と思うような,わからないことが出てくるんですわ。それを解決するのがおもしろくて,「ああ,おじいや親父もこんな気持ちで全国を歩いていたんか」と納得し,楽しみになっています。藤右衛門の名前を継いでから,親父が残した桜畑を守りながら,残した資料を整理しなければならなくなって,「ああ,おじいや親父が言ってたのはこのことやったんか」と,腑に落ちることがよくありますわ。

鈴木 お爺さんは「このままでは貴重な桜の姿が後世に残らない」と,全国各地の名桜や老桜の図譜作りを始めました。それを引き継いだお父さんは『桜』と題した大判の本を出版されましたね。藤右衛門さん自身も写真集を出版されていますが,このほかにも後世に残す試みはありますか。

佐野 20年ほど前やろか,絹布に桜の図柄を残そうと思い立ちましたんや。紙は300年くらいしか残らないけれど,絹だったら正倉院の御物のように1000年以上残りますやろ。おじいや親父の残した図譜の原画を,京都西陣の「爪織(つめおり)つづれ」で再現してもらいました。全部一人の伝統工芸士の方に織ってもらったんですわ。というのも,織り手が違ったら,花の色や形の統一感がなくなってしまいますからな。

鈴木 すべて一点ものなんですね。時間や費用はどれくらいかかったんですか。

佐野 全部で100点ほどを10年くらいかけて作りました。それぞれが西陣織の袋帯を作るのと同じやから,大変なお金を使ってしまいましたな。そやから,「阿呆や」と言われますねん(笑)。

鈴木 奥様に怒られませんでしたか。

佐野 いやあ,もう諦めていますわ。親父の「桜道楽」を見ているから,「しゃあないなあ」ということですわ。
それから,子どもたちにわかりやすいものを残していきたいと思って,ずっとつけている「桜日記」のスケッチをもとに,桜のいろいろな部分の図解を絵描きさんに描いてもらっていますな。

藤右衛門さんがつけている「桜日記」をもとに,子ども向けに作った図解

鈴木 ほかにも,桜を描いた江戸時代の貴重な掛け軸や焼き物など,美術工芸品のコレクションをお持ちです。まさに桜道楽の名にふさわしいものですね。

Photo: Shunsuke Suzuki


佐野 藤右衛門[さの・とうえもん]

1928年,京都市生まれ。造園家。植藤造園会長。天保時代から京都の仁和寺に仕えてきた佐野藤右衛門の十六代目。十四代目から三代にわたる「桜守」として,全国各地の名桜の保存に努めている。彫刻家のイサム・ノグチとともにパリのユネスコ本部で日本庭園を造った功績などで,1997年にユネスコから「ピカソ・メダル」を贈られる。京都迎賓館の作庭では棟梁を務め,日本造園学会賞などを受けた。著書は『さくら大観』『京の桜』(いずれも紫紅社),『桜のいのち庭のこころ』(草思社)など。

鈴木 嘉一[すずき・よしかず]

1952年,千葉県生まれ。ジャーナリスト・放送評論家。読売新聞社で文化部主任,解説部次長,編集委員を務め,2012年に退社。1985年から放送界を取材し続け,現在,放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会委員,日本民間放送連盟賞審査員,放送批評懇談会理事などを兼ねる。著書は『大河ドラマの50年』(中央公論新社),『桜守三代 佐野藤右衛門口伝』『わが街再生――コミュニティ文化の新潮流』(いずれも平凡社新書),『テレビは男子一生の仕事 ドキュメンタリスト牛山純一』(平凡社)など。