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Story 4 円山公園のシダレザクラと東北の浪分桜

鈴木 国語の教科書(1年P.193)に載っている京都の名所・円山公園のシダレザクラは,藤右衛門さんと同い年の兄弟桜”ですね。この写真は,いちばん元気だった時期のものです。私が何年か前に見たときは,台風の影響など悪条件が重なって樹勢が衰えていました。つっかえ棒をしたり枝を切ったりしていて,痛々しい印象を受けましたが,最近はどうですか。

佐野 だいぶ回復しました。花もそこそこ咲いてくれます。今は,少しずつ元気になっている途上です。ただ,桜の性格として,いっぺん傷んだところが元の姿に戻るということはまずないんですわ。

鈴木 このシダレザクラの子や孫は,あちこちに植えられているんですよね。

佐野 全国で育っていますが,いちばん多いのは東北です。東日本大震災の被災地に植樹をしようという運動が起こって,今は主に宮城県に植えていますわ。

鈴木 どういうきっかけで,藤右衛門さんが関わることになったんですか。

佐野 大震災が起きた2011年の11月ごろ,被災地の方から「ここまで逃げたら大丈夫という地点を桜でつなぎたい」という手紙をもらい,わしにできることやったらお手伝いをさせてもらおうと,3年前から本格的に始まりました。「浪分桜(なみわけざくら)」という名前がついていますわ。

仙台港多賀城地区緩衝緑地公園内に植えられた浪分桜

鈴木 「浪分」とはどういう意味でしょうか。

佐野 東北地方にはあちこちに浪分神社というのがあります。慶長年間の三陸津波の後,津波の到達地点の境に建てられたと聞いています。大災害の記憶を風化させず,後世に教訓を残そうという神社ですわ。この名前をとってつけられたようですな。

鈴木 どのあたりに植えるんですか。

佐野 宮城県の岩沼市,仙台市名取市多賀城市塩竈市石巻市南三陸町七ヶ浜町松島町です。

鈴木 ずいぶん長い距離ですね。

佐野 津波に襲われた海岸線をずうっとです。ある程度大きくなった桜の木をうちの畑から運び,植えていきます。これから気仙沼市や女川町にも行こうと思っていますんや。

Photo: Shunsuke Suzuki


佐野 藤右衛門[さの・とうえもん]

1928年,京都市生まれ。造園家。植藤造園会長。天保時代から京都の仁和寺に仕えてきた佐野藤右衛門の十六代目。十四代目から三代にわたる「桜守」として,全国各地の名桜の保存に努めている。彫刻家のイサム・ノグチとともにパリのユネスコ本部で日本庭園を造った功績などで,1997年にユネスコから「ピカソ・メダル」を贈られる。京都迎賓館の作庭では棟梁を務め,日本造園学会賞などを受けた。著書は『さくら大観』『京の桜』(いずれも紫紅社),『桜のいのち庭のこころ』(草思社)など。

鈴木 嘉一[すずき・よしかず]

1952年,千葉県生まれ。ジャーナリスト・放送評論家。読売新聞社で文化部主任,解説部次長,編集委員を務め,2012年に退社。1985年から放送界を取材し続け,現在,放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会委員,日本民間放送連盟賞審査員,放送批評懇談会理事などを兼ねる。著書は『大河ドラマの50年』(中央公論新社),『桜守三代 佐野藤右衛門口伝』『わが街再生――コミュニティ文化の新潮流』(いずれも平凡社新書),『テレビは男子一生の仕事 ドキュメンタリスト牛山純一』(平凡社)など。