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Story 5 桜も人間も,マニュアルどおりにはいかない

佐野 わしらがやっている造園業は製造業や加工業ではなく,その時その場の状況に合わせる仕事ですやろ。「どういう仕事をしていますか」とか,「明日は何をされますか」とよく聞かれるんですが,そんなんはお天気しだいで,ようわからんのですわ。マニュアルがないんです。木の1本1本についても,それぞれ考えなければならんのです。しかも,動植物はマニュアルどおりにはいきませんやろ。相手をよく見て,いかにうまく付き合うかだけなんですわ。

鈴木 子どもの教育についても,同じことが言えそうですね。

佐野 今の世の中,子どもたちを決まった形の枡に入れてしまいすぎるんじゃないやろか。枡からこぼれる子どももいるはずや。それをどうすくい上げていったらええか。その子が一合枡で足りるんか,二合枡を持ってこないとあかんのか,五合枡が必要なのか,いろいろ考えなきゃいけないのに,マニュアルどおりに全ての子どもを同じ枡のなかに納めようとしているんじゃないかと思いますわ。

鈴木 桜の「守り」を長くやってこられた藤右衛門さんならではの言葉だと思います。

佐野 桜の場合,実生(みしょう)のものは1本1本みんな性格が違いますのや。その性格を見極めて,うまく育ててやる。成長の速い木と遅い木をうまく選別しながら,それぞれに適した畑に植えていくんですわ。そうすれば,5年遅れか10年遅れかで,ほぼ同じ時期に花をつけるようになります。どうかすると,成長が遅れていたほうにいい花が咲くこともありますのや。
どうなるかは20年,30年先でないとわかりませんな。あまり花をつけずに,ただ大きくなるばかりの桜もあります。でも,そういうのは材木として利用できるんです。そして,それが壊れたら,薪になる。燃やした灰も,あく抜き剤や釉薬(ゆうやく)として使えるんですわ。最後の最後まで人の役に立ちながら,やがて土に帰り,次の桜を育てるんですな。

鈴木 木のそれぞれに固有の性質があって,早く咲こうが遅く咲こうが,あるいは咲かなくても,それぞれが自分の役回りを果たしているんですね。

佐野 それぞれが,それなりに人のためにいろんなことをやってくれるんですわ。

鈴木 つまり,無駄な木は1本もないというわけですね。

佐野 そうそう。無駄な木はありません。ただ,こういう話をうっかり人にたとえて言ったら,差別的な発言だと捉える方もいるでしょうな。でも,そうじゃなくて,人は誰でも何か一つはいいところをもっていると言いたいんですわ。長所を見つけて伸ばしてやればええんです。みんなを同じ枡に入れようとするところに無理が出てくる。枡からこぼれ落ちたら,その子がもっている大きさに合わせた枡に移してやればええのや。

Photo: Shunsuke Suzuki


佐野 藤右衛門[さの・とうえもん]

1928年,京都市生まれ。造園家。植藤造園会長。天保時代から京都の仁和寺に仕えてきた佐野藤右衛門の十六代目。十四代目から三代にわたる「桜守」として,全国各地の名桜の保存に努めている。彫刻家のイサム・ノグチとともにパリのユネスコ本部で日本庭園を造った功績などで,1997年にユネスコから「ピカソ・メダル」を贈られる。京都迎賓館の作庭では棟梁を務め,日本造園学会賞などを受けた。著書は『さくら大観』『京の桜』(いずれも紫紅社),『桜のいのち庭のこころ』(草思社)など。

鈴木 嘉一[すずき・よしかず]

1952年,千葉県生まれ。ジャーナリスト・放送評論家。読売新聞社で文化部主任,解説部次長,編集委員を務め,2012年に退社。1985年から放送界を取材し続け,現在,放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会委員,日本民間放送連盟賞審査員,放送批評懇談会理事などを兼ねる。著書は『大河ドラマの50年』(中央公論新社),『桜守三代 佐野藤右衛門口伝』『わが街再生――コミュニティ文化の新潮流』(いずれも平凡社新書),『テレビは男子一生の仕事 ドキュメンタリスト牛山純一』(平凡社)など。