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赤木かん子の読書Q&A

学校図書館(理論編)
Q22
 漫画は置いてもいいのでしょうか。
A
 まず,いちばん根本的なことですが,司書というのは,データを人々に提供するのが仕事です。そのために,えいえいと資料を集め,保管し,分類整理して,欲しい人が探し出せるようにセットしておき,必要なときには探し出す手伝いをする,というのが本来の司書の仕事です。そのデータを使って,お客さんがそれをどう考えるかは司書が口を出すことではない,というのが一応の基本姿勢です。ですから,お客さんが欲しい,見たい,読みたい,というものは,草の根分けても探し出すべき!というのが,まあ,司書の基本姿勢だ,ということになります。

 けれどもその相手が子どもだというときは,“相手の子どもを傷つけないために”いろいろなことを手加減しなければいけません。ですから有害サイトをカットしたりもするわけですが,それはあくまで“子どもを守るために”なわけです。

 さて…そこで,問題です。
 子どもに漫画を読ませないのは,子どもを守ることになるんだろうか?
 もちろん,それは子どもを守るためではなく,子どもが漫画を読んでいると不愉快になる,大人を守るためですね。

 よく,「日本では漫画をいい年をした大人が読んでいて驚いた。」という外国人の話がありますが,アメリカには,漫画は『スパイダーマン』や『バットマン』のようなものしかないのです。日本が生み出した,複雑なストーリー漫画は,日本独特のものです。そりゃ,大人が『スパイダーマン』しか読んでなかったら驚きですが,日本の漫画はそういうわけで,極上品からくだらないものまで,ものすごくレベルに差があるので,少なくともここ30年ほどは日本の現代小説のトップは,ほぼ漫画です。今の日本では極上品は漫画の中にあるのです。

 そりゃ,ごく限られた分野では例外があります。たとえば時代小説は,まだ活字に勝てません。現代だけを見れば『バガボンド』は今量産されている二流の時代小説に楽々勝ちますが,これ一作だけで,やはり山田風太郎と池波正太郎を凌駕するわけにはいきません。でも,普通の現代小説を考えたら,漫画をカットして文学論はできないでしょう。

 むしろ,漫画はあまりにも難しくなりすぎた…今は漫画は弱くなり,活字全盛ですが,その活字はなんというか,軽い,底の浅い含みのないものが大部分なわけですから。ですから,子どもたちに“上質の現代文学”を渡そうと思えば,当然,半分以上漫画になってしまいます。『ドラゴンボール』に勝てる活字の作品は僅少ですから。
 そうして漫画に顔をしかめる方たちが普通薦めてくるのは,もう子どもたちには読むのが困難になった,昭和の名作ですが,そういうものはいわば“古典”です。漫画だって,たとえば手塚治虫の『宝島』あたりは,いや,もう『鉄腕アトム』ですら,すでに読むのは困難になりつつあります。漫画であれ,活字であれ"古典"は読める人が限られます。たとえ漫画でも古くなったものは読めないのです。

 そういうわけで,「漫画は優れた文学ジャンルか。」と聞かれれば,そうです。なにせ,創始者は手塚治虫ですよ?でも,それを学校図書館に置けるか,ということになると,その学校にいる先生方がどのような考え方であるか,にかかってきます。学校図書館にどんな漫画を置くとよいのか,また,漫画を置いた場合の運営のしかたなどについては,また次回紹介しますね。
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