メニュー

Story 1 生物学は“Why”に答える学問

――本川先生には,国語教科書5年に説明文「生き物は円柱形」を書きおろしていただきました。

本川 達雄(生物学者)

この文章は,地球上にいるたくさんの生き物の形を大きく捉えると,みんな円柱形でくくられるということと,それはなぜなのかということを説明しています。

自然の中にはとてもたくさんの生き物がいます。人間がいて,犬がいて,植物がいて……。その形はとても多様です。

それでも,じっと見ていくと,共通性が見えてきます。その一つが「円柱形」です。教科書の挿絵を見ていただければわかりますが,生き物の体を形作っているのは円柱形が基本となっているのです。

――「円柱形」というくくり方には,最初は「えっ?」と思う子どもも多いと思うのですが。

確かに,本文に書いたように「円柱形と見なすことにしよう」というのは,ここだけ読まれれば,かなり強引な議論に聞こえますね。でも,教科書の直前の教材に「見立てる」という短い文章があるから,子どもたちはすんなり入っていけると思います。うまく構成していただきました。

生き物を円柱形と見なすとか,科学というのはすべて「見立て」と同じなんです。数学でいう線とか面積,化学や物理学で扱う分子や素粒子なんて,そんなものは現実に見えない。けれども,そういうものがあると考えたら,うまくつじつまが合う。

“こう仮定しよう”,つまり「見立て」と一緒なんですね。「科学は客観的な事実に基づいて……」なんていうけれど,それは嘘なんです(笑)。科学は,対象をいい加減にモデル化するところからスタートする。でも,その後の研究の過程は厳密に。科学というのは,実はこのような過程で行われているのだ,ということもちらっとわかっていただければと思います。

――生き物を「円柱形」に見立てることで,今まで見えなかったものが見えてくるのですね。

そうです。円柱形という共通性が見つかると,次に,なぜ円柱形なのかという疑問が生まれます。すると,円柱形は強い形であり,速い形であるという答えが見つかります。だから,生き物の体の基本となっている。それは,「円柱形」に意味を見いだしたということです。さらに言うなら,自然や世界には,意味があるんだということなんです。

近代科学というものは,基本的には“世界に意味はない” というところから出発しています。

「物はなぜ下に落ちるのですか?」

「万有引力があるからです」

「なぜ万有引力があるのですか?」

「???」

昔は,「万物は神の被造物で,神の本質である愛の力を宿しているから引き合うのです」という意味づけ,すなわち神を根本にした答えがありました。しかし近代科学は,そういう神を排除するところから成り立っています。そうすると自然はすべて無意味,つまり「Why(なぜ)」に対する答えができなくなってきます。「How(どのように)」なら,引力の法則を数式できちんと説明できる。でも「Why」には答えられない。「あるから,あるんだ」というしかない。

本川 達雄(生物学者)

ところが,生物学の場合は特別で,

「なぜ,円柱形なの?」

「強くて速い形だからだよ」

「なぜ葉っぱは平たいの?」

「たくさん光を集められるからだよ」

と,ちゃんと「Why」に答えることができるのです。これは自然科学の中ではとても珍しいことですね。

つまり,わたしのやっている生物学は「意味を問う」「なぜに答える」ということなのです。そしてそれならば,小学生だってわかることなんです。そうやって,自然の意味を知ることで,わたしは本文に書いたように,「あらゆる生き物に対して,おそれ,うやまう気持ちすらいだかずにはいられない」と思うのです。

自然に意味を見いだすことは,古来から日本人もやってきました。方角やら気象やら自然は意味だらけだったんです。そういう“意味” のある世界に住んでいるのを知ることは,人間をとっても豊かにしてくれると,わたしは言いたいんです。

――「生き物は円柱形」の最後の段落に, 「多様さを知ることはとてもおもしろい」「多様なものの中から共通性を見いだし,なぜ同じなのかを考えることも,実におもしろい」と,繰り返し「おもしろい」とお書きになっていますね。

こんなことは,生物の教科書ならば絶対書かせてもらえません(笑)。国語なら,“知的なおもしろさ” を言葉で伝えることができる。これこそ国語の強みであり,魅力ですよね。わたしは,知的なおもしろさをすごく大事にしたいんです。

今は,おもしろいというと,お笑い番組ばかりに目が行きます。短時間で何度も笑えるおもしろさですね。しかし,“よく見て考えるおもしろさ” にはなかなか食いつかない。そんなおもしろさがわかる前に投げちゃう。集中力が失われていて,長い論理についてこれなくなっているようです。

子どもたちは,赤ちゃんのときからずっとテレビを見て育ってきています。テレビは3分間山場がなかったら,チャンネルを変えられてしまうといいます。だから,考え続けなければならないような,いわば息の長いセンテンスは排除される。それが子どもたちの思考の持続力にも反映しているのではと考えています。

学力低下というのも,勉強ができなくなったのではなく,勉強の持続力がなくなったことなんですね。“根性” がなくなったといってもいい。これから必要なのは“持続力=根性” をつけることです。せめて10分,持続できる力をつけさせたい。そうすることで,知的なおもしろさに出会わせてあげたい。そのためには,じっくり文章と向き合う練習をしたり,読書をしたりするのがいいですね。だから,国語の時間はとても大事だと思います。


本川 達雄 [もとかわ・たつお]

1948年,宮城生まれ。東京工業大学名誉教授。生物学者。ナマコやウニ,ヒトデなど棘皮動物の研究をするかたわら,“歌う生物学者”としても知られ,高等学校で習う生物学の内容を70曲の歌にした『歌う生物学 必修編』など発行。著書に『ゾウの時間ネズミの時間』『サンゴとサンゴ礁のはなし』(中公新書),『世界平和はナマコとともに』『「長生き」が地球を滅ぼす』(東急コミュニケーションズ)ほか多数。