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Story 2 辺境にいれば,世界が広がる

――小学校の頃はどんな子どもでしたか。

本川 達雄(生物学者)

変わった子でした。授業中,いっさい手を挙げないんですよ。先生の話をじいっと聞いているだけ。なぜかというと,その頃から,「そもそも正しいって,どういうことなんだろう」ということをずっと考えていたんですね。

わたしが正しいと思っていることは,先生が思っている正しいことと違うかもしれない。教室の中では,先生が思っておられることが正しいこと。でも世の中には,先生よりもっと偉い人がいて,もしかしたらそっちが正しいかもしれない。いや,それよりもっと本当に正しいことがあるかもしれない。 正しさにもレベルがあるかもしれない。わたしのレベルの正しさを,「はい」って手を挙げて発表する意味があるのだろうか。

そういうことを小学校1年の頃から考えていた子どもなんですね。

全然手を挙げずにいますでしょ。そこで,ときどき先生がわたしを当てるわけですよ。

先 生「この文章はどこで切れるでしょうか?」

わたし「ここで切れます」

先 生「どうしてそう思う?」

わたし「先生がそこで読む人を変えたから」

わたしのそれまでの経験からいうと,読み手を変えるところが必ず大きな区切り目でした。だから,教室の中ではこれが正しい答えのはずだと,教室の中での客観的正しさを割り出したわけです。 もちろん先生は唖然とした顔をなさった。今考えると,実に嫌らしい子どもだったわけですね。学者になるなんていう人は,そういう変な子ども時代だったことが多いんじゃないですか。

――子どものころは,どういうものに興味があったんですか。

本は好きで,たくさん読んでいました。例えば宮沢賢治とか。学校からの帰り,「オツベルときたら大したもんだ・・・のんのんのんのん」とか「セロがおくれた。トォテテ テテテイ」なんて,友達に道々,暗唱して聞かせながら帰っていました。

そういうリズムのある文章を覚えるのが好きだったんです。鉄道唱歌なんて全部覚えてたんですよ。それが,今の「歌う生物学」の原点ですね。歌にしたら,覚えちゃう。大きな声で歌えば,体に染み付いちゃう。そういうのが大事だなって,思います。今もって変わらないですね。

それから,小学校の頃はバイオリンを一生懸命弾いていました。でもコンクールに出て,上には上がいることがわかった。こりゃあかなわないな,と。 小学校5年でやめてしまいました。そのときから,好きなもので飯は食わない,と心を決めてしまいました。音楽はそこで封印すると。まあ,変わった子でしたね。でもね,今思えば,いろんな子どもがいていいんですよね。

――なぜ,生物学の道に進もうと決めたのですか。

高校2年のとき,進路を決めなければならなくなりました。 東京オリンピックの翌年です。所得倍増計画のど真ん中で,ものをいっぱい作って,みんなで豊かになろうという時代です。でも,わたしはへそが曲がっていたので,これ以上,豊かになる必要があるのかな,みんなが役に立つことをやるんだったら,一人くらい,役に立たないことをやってもいいんじゃないかって思いました。

当時のわたしは,ポケットには朔太郎だとか藤村だとかの詩集がいつも入っていましたし,『ソクラテスの弁明』を読んで感激したりしていました。「自分とは何か」とか「世界とはどんなものか」とか,やはり知りたかったですね。 そうなると文学部なんですけど,なんだか自己破滅型の人しか文学部に行ってはいけないような気がして(笑)。それに,文学って人間の心の中ばかりのぞいているようで,やめました。

いっぽう,理科系はというと,当時の花形は“素粒子”でした。湯川秀樹博士,朝永振一郎博士など,スターがおられました。物理はけっこう得意だったから,興味はありました。「でも,ちょっと待てよ。“素粒子”で人間も含めて,何もかもわかるのか?」と,むくむくと疑問が頭をもたげてきました。

そこで,心と素粒子の,ちょうど中間くらいに立って,全世界を眺めてみよう。それには動物学あたりがいい立ち位置じゃないか,と考えたのです。周りはびっくりしましたよ。「あんた,動物好きじゃないんじゃない!?」。たしかにそうなんです。大学に入って,しまったと思いましたね。動物学教室なんて,動物を愛しちゃってる人ばかりで肩身が狭い。でも仕事というものは,対象に変に思い入れがないからこそ,きちんとやれる側面も,大いにありますね。

――愛は芽生えなかった?

芽生えません。ナマコの研究を続けていますが,今もってあんまり気持ちいいとは思えませんし(笑)。

――なぜ,ナマコの研究を始められたのですか。

もちろん動物学として意味があると思ったからです。それに,誰もやらないから。学生時代,“生化学・分子生物学”が上り坂で,今はもちろんですが,当時も,それをやらなきゃダメだと,みんなが言うんです。そう言われると,へそが曲がっていますからね,「俺は,みんながやるものは,やらん」というわけで,「古くさい」動物生理学を,海の無脊椎動物を相手にやることにしました。

大学院では,貝の研究。その後,琉球大学に赴任して,瀬底島(せそこじま)の浜辺でゴロゴロ転がっているシカクナマコに出会いました。逃げも隠れもせず,ただゴロンと転がっているだけ。それでもものすごくたくさんいます。「なんでこんな,無防備でとろい動物が生きていけるんだ,成功してるんだ!?」。これは謎です。調べなければと思いました。

ナマコの研究をしてよかったと思っています。なんといっても,ナマコの皮の硬さがすばやく変わるという,生物学的にきわめておもしろい現象を明らかにでき,生物学に,それなりの寄与ができたのです。

――ナマコの研究を通じて,どんなことが見えてきましたか。

本川 達雄(生物学者)

シカクナマコは食えないし,かわいくもない,見ていて何の芸もしないし,研究したって,世のお役に,まったく立ちそうにありません。でも,こういうものだからこそ,研究して得られるメリットもあるのです。

わたしたちは,自然と付き合うとき,かわいいとか,おいしいとか,自分にとって役に立つ面ばかりと付き合おうとします。研究においてもそうです。でもこれは,人間の一方的で勝手な自然との付き合い方だともいえるでしょう。人間は,基本的に,人間中心,そして自己中心にふるまうものです。ナマコは,人間とはまったく違う世界をもっています。研究し始めは,まったく不可解でしたが,だんだんと理解できるようになってきた。そして,ナマコってすごいなあと,尊敬できるようになりましたね。

ナマコの世界がそれなりに理解できると,そのナマコの世界に身を置いて,我々の世界を振り返って見ることができます。すると,人間の姿が違って見えてきましたね。批判の目がもてたわけで,これは大きなメリットです。

ナマコの世界。そんな変な世界に身を置くことは,世界の辺境にいるということです。みんながやっていることをしていれば,世界の中心に身を置くことになります。中心にいれば,なぜそこにいるかを,人に説明する必要はありません。ところが,ナマコの研究なんていう辺境にいると,ことあるごとに,変なことをやっている意義を,延々と説明しなければなりません。すると,おしゃべりになってきます。授業で手も挙げなかった子どもが,マスコミでしゃべるようになったのですから,これもメリットなんでしょう。

自分が辺境にいると,辺境も中心も含めて,包括的な世界を作らざるをえません。自分の世界が広くなります。これはとても大きなメリットでしょうね。

今はみんなが「好き好き至上主義」なんです。自分の好きなもの,自分に役立つものばかりを自分の周りに集めて世界を作るのが,現代人のやり方。でも,そんなふうに作った世界は,実に狭い,自分の欲望だけがすべての世界だと思います。自分を否定するようなものたちとも,何とか理解し合って共通の世界を作って共存していく。この姿勢が大切だとわたしは思っています。

ナマコみたいな,かわいくもないものとも付き合っていける人は,違う価値観の人や好きにもなれない人たちとも付き合っていけるでしょう。だから,そのような人が増えれば世界は平和になるのだという思いを込めて,『世界平和はナマコとともに』という本を書きました。

――『ゾウの時間 ネズミの時間』がベストセラーになりましたが,そうした生物の時間の研究もやっていらっしゃいますね。

ナマコの研究をしたら,いろいろなおまけがついてきましてね,時間もその一つです。研究をするにあたって,まずナマコに仁義を切らなくちゃと思って,そもそもナマコはどんな暮らしをしているのかと,1日中ナマコに付き合ってみたのです。24時間,夜も水中ライトをつけてずーっと海の中で見ていました。

でも,ナマコはほとんど動きません。それをじーっと見続けている。これは耐えがたいんですね,退屈で。そこで,はた,と思いました。こんな何にもしていないナマコの体に流れている時間と,ちょっとの間もじっとしていられないチャカチャカしたわたしの時間とが,本当に同じものなのだろうか。ここから,生物の時間について考えるようになりました。

研究を始めて最初の1年は,毎日,海に潜ってナマコに挨拶していたんです。すると,日を追うごとに,サンゴ礁の雰囲気がじわじわと体に染み込んできて,サンゴ礁の生物ってこんなものだという感覚ができてくるのですね。この感覚さえ大事にすれば,これから,どんな実験をやっても,どんなことを考えても,サンゴ礁の生物について,それほど見当外れのことはしないんじゃないのか,という自信がついてきました。これで動物学者になれたって,腹が据わった気がしましたね。ナマコとじっくり付き合ったおかげです。


本川 達雄 [もとかわ・たつお]

1948年,宮城生まれ。東京工業大学名誉教授。生物学者。ナマコやウニ,ヒトデなど棘皮動物の研究をするかたわら,“歌う生物学者”としても知られ,高等学校で習う生物学の内容を70曲の歌にした『歌う生物学 必修編』など発行。著書に『ゾウの時間ネズミの時間』『サンゴとサンゴ礁のはなし』(中公新書),『世界平和はナマコとともに』『「長生き」が地球を滅ぼす』(東急コミュニケーションズ)ほか多数。