みつむら web magazine

Story 2 ウナギがかわいくなっちゃって

塚本 勝巳(海洋生物学者)

2015年1月1日 更新

塚本 勝巳 海洋生物学者

このコーナーでは、教科書教材の作者や筆者をゲストに迎え、お話を伺います。教材にまつわるお話や日頃から感じておられることなどを、先生方や子どもたちへのメッセージとして、語っていただきます。

ウナギの研究に人生を捧げるようになったのはなぜですか。

捧げるなんて大げさなものじゃないんですが40年ちょっと、ずるずるとやってきましたね。もともと魚の回遊に興味があったんです。特に海と川を行ったり来たりする魚に興味があって、アユやサクラマスを研究していたんですが、数年やるともう大体分かったかなと。だけどウナギの場合は謎が深くて全然進まなかった。進まなければよけいにおもしろいじゃないですか。それで続ける羽目になったというのが本当のところです。
海洋生物学の道に入ったのも、僕には昔から、船に乗りたい、南の島に行ってみたいという思いが強くてね、大学で水産学科に進んで海洋研究所に入ればそれが両方できるかもしれないという考えからでした。

塚本 勝巳(海洋生物学者)

 

そして、ウナギの謎に魅了されたのですね。ウナギのおもしろさはどんなところにあるのでしょう。

これは2007年から始めたんですが、親ウナギの背中にポップアップタグという、浮きの付いたデータロガーを取り付けるんですね。1か月後と設定しておくと1か月後に自動で切り離されて、溜め込んだデータを衛星経由で送ってくる仕組みのものです。それでウナギがどんな深さでどんな水温のところを泳いできたかが解析できるようになっている。そうするとおもしろいことが分かってきました。夜間は水深200メートルくらいまで上がってきて、昼間は千メートルから数百メートルくらいの中深層をフラフラしている。毎日、何百メートルも浅深運動をしているんですね。

塚本 勝巳(海洋生物学者)

なぜかというと、ウナギは光が嫌いなんです。そのため、毎日、一定の光の明るさの水深を選んでいたら、浅深移動をするようになった。そして、こうした行動は生態的にも有利だった。もし、昼間、明るいところに上がってきたら、怖いサメやマグロのような視覚捕食者がいっぱいいるでしょう。そういう連中に食べられてしまわないよう、昼間は暗いところでじっとしているような行動が選択されていったのでしょうね。
淡水にすんでいるとき、ウナギはほとんど水の底にいるから浮き袋なんか必要ないはずなんだけど、でも実際にはもっている。それはマリアナの海まで帰っていく際に、自分を中性浮力に保つために必要だからなんですね。しかも、今言ったような数百メートルの浅深運動をするから微妙な浮力調節も必要になってくる。なので、他の魚に比べて、産卵回遊をするウナギの浮き袋はものすごく発達しています。

他にも魚類の中で目立った特徴はありますか。

海と川を行ったり来たりするのがウナギの一番の特徴で、淡水でもすめるし海水でもすめるオールマイティーですね。だけど簡単に行ったり来たりできるわけじゃなくて、それなりの用意があるんです。

川から海へ帰っていくときには、体つき自体は変わらないんだけど、浮き袋や消化管をはじめ、いろいろな器官の機能がガラッと変わります。目が大きくなって、弱い光を少しでも多く取り入れられるようになったり、ひれが大きくなって左右の平衡感覚が発達したり。それから、グアニンという色素が沈着してお腹が銀ピカになったり。
それで回遊期のウナギは銀ウナギって呼ばれるんですが、サバやアジなんかもお腹が白いでしょう。なぜかというと、捕食者は下から上を見て、えさを見つけてガブッといきますよね。そのときに水面は光が多くてキラキラしていますから、お腹が白いと見えにくいわけですよ。逆に背中は青くなっていて、上から見たときに深い海の青色に溶け込んで見えにくい。そういうのをカウンターシェイディングというんですけど、なかなかうまくできていますよね。細かく見ていくと、海と川とですむための小技をいろいろもっているんですね。

ウナギへの愛情がひしひしと伝わってくるように感じられますが、ウナギはお好きですか。

食べるのがね(笑)。今はウナギという生き物が大好きですけどね。長くしつこく研究していると、かわいくなってきちゃって。「医者が患者に感情移入しすぎるといけない」と言いますよね。それと同じで、研究者も対象生物を冷徹に観察しなきゃいけない、生物の行動に人間的な理由づけをしてはいけないと言われますけど、僕なんか、ある意味、異端の行動学者ですから、むしろ積極的に対象の動物の身になってその行動を考えたりします。「ウナギをはじめとする生物が旅をするきっかけは脱出である」という脱出理論を提唱しているんですが、「脱出」っていう言葉がいかにも人間的ですよね。とらわれの身、不都合な環境から逃げ出したいというような。

塚本 勝巳(海洋生物学者)

「月日は百代の過客にして」から始まる松尾芭蕉の『おくのほそ道』に、「そゞろがみ」という言葉が出てきます。芭蕉がボロ家で退屈しているところに、やってくる弟子が陸奥のすばらしい景色や楽しいことをいろいろ語って聞かせるので、旅に出たくていてもたってもいられない。その気持ちを「そゞろがみの物につきてこゝろをくるはせ」と書いているんですね。動物行動学では、生き物をある行動に駆り立てる内部要因を動因というんですが、動因を文学的に表現すると「そゞろがみ」になるんだと思います。だから「脱出理論」というのは人間にも当てはまるんじゃないかというのが僕の考えです。

Photo: Shunsuke Suzuki Text: Marie Usuki

 

塚本 勝巳 [つかもと・かつみ]

1948年、岡山県生まれ。東京大学大気海洋研究所教授を経て、現在、日本大学生物資源科学部教授。農学博士。専門は海洋生命科学。2009年5月、世界で初めて天然のウナギ卵をマリアナ沖で採取し、産卵地点の特定に成功。2012年日本学士院エディンバラ公賞、2013年海洋立国推進功労者表彰(内閣総理大臣賞)など受賞。主な著書に『旅するウナギ 1億年の時空を越えて』(東海大学出版会、共著)、『ウナギ 大回遊の謎』(PHP新書)、『世界でいちばん詳しいウナギの話』(飛鳥新社)など。また、光村図書 小学校「国語」教科書(4年下)に「ウナギのなぞを追って」を掲載。

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