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教材別資料一覧 3年
思い出すままに—ちいちゃんのかげおくり—

(国語教育相談室No.29より) あまんきみこ

「ちいちゃんのかげおくり」は、光村図書の国語教科書で、長く多くの方々に親しまれてきた作品です。あまん先生が、かつて小社発行の小冊子「国語教育相談室」に寄せてくださった、作品誕生秘話と作品に対する思いです。

子どもの頃、空が青くてまぶしい日、わたしたちはかげおくりをして遊びました。
友だちと手をつないで、黒い短い影法師を見つめ、数をゆっくり数えて空を見上げると、みんなの影法師が手をつないだまま白くなって見えることが不思議でなりませんでした。わたしはその頃、自分のことをなんでもおそい子だと思っていましたから(実際にそうでしたし)、わたしの影法師だけ空にあがるのがおくれるかもしれないという不安で、胸がどきどきしました。だから友だちといっしょに空にうつったことがいっそう嬉しかったのだと思います。

また、一人っ子で、体も弱かったわたしは、ときどき独りぼっちでかげおくりをしました。広い青い空にたった一つ白い影法師がうつったとき、くらっと空に吸いこまれるようなゆれる感じがしました。そして空にいくのは、きっとこんな感じなのだと思っていました。
 大人になって色彩学を学んだとき、はじめてこれは捕色の現象で、目の錯覚にすぎないことを知りました。それでもわたしにとってだいじな遊びだったのです。

この遊びには、もともと名前がありませんでした。「かげおくり」という言葉は、この幼い素朴な遊びを作品にしたいと思いはじめ、書いたり消したりしているうちに、沢山の思いが一つになったようにいつのまにか生まれました。
はじめに書こうとしたのは「くましんし」を書いていた頃でした。けれど、それはかたちにならず書きかけのまま、箱にしまいました。つい最近、そのおり書いていた古い色のかわった原稿を見つけだし、あらためて時の流れを思ったりしました。

それから八年ばかりの時を経て、わたしはまたかげおくりの話を書きだしました。
女の子三代のかげおくりを、それぞれの時代を背景にして書こうとしたのです。

はじめにおばあさんが、孫のせんこちゃんに話をします。
ずうっと昔、おばあさんがまだ子どものとき、なみこちゃんとよばれていたころ、かげおくりをして遊んだことを。筒っぽ袖の着物をきた男の子や女の子が、川のそばの野っぱらでいっしょにかげおくりをして空にいったことを。それはとっても楽しいかげおくりだったということを。

つぎにおかあさんが、娘のせんこちゃんに話をします。
 すこし昔、おかあさんがまだ子どものとき、ちいちゃんとよばれていたころ、かげおくりをして遊んだことを。けれどこの国はいくさの最中。空こそこわいところになり、空襲で焼夷弾や爆弾が落とされて街中がやけてしまったことを。その中でちいちゃんはかげおくりをして、おかあさんとおにいちゃんをまっていたつらいせつないかげおくりだったということを。

おばあさんとおかあさんの話をきいたせんこちゃんは、青いまぶしい大空を見上げ、それからかげおくりをはじめる——と、そんな構想で書きだしました。
 ところが書いていくうち、ちいちゃんが死んでしまいました。わたしの中のちいちゃんは、空襲のやけあとの中で生きのこり、大人になって恋もして、せんこちゃんのおかあさんになるはずですから、わたしは困ってしまいました。
「ちいちゃん、生きるのよ。生きてちょうだい」
と、書き直しを繰りかえしましたが、ちいちゃんは空にいったきり、帰ってきませんでした。空の上で、とうとう、おとうさん、おかあさん、おにいちゃんにあってしまったのです。

一年ほどして、わたしはやっとこれでいいと思いました。
 そして、作品の中で生きることを拒否したちいちゃんの、鎮魂の思いで、ちいちゃんのおかあさんの「なみこちゃんのかげおくり」と、ちいちゃんの未来の娘の「せんこちゃんのかげおくり」を埋葬しました。

この作品を教科書に載せていただくようになって、たくさんの子どもたちの手紙がきます。ちいちゃんあての手紙もきます。
「あたしはせんそうのとき、生まれなくてよかったとおもいました。でも、ちいちゃんだって生まれたくなかったとおもいます」
「ちいちゃんが一人ぼっちになったとき、かわいそうでなみだがでました。せんそうはこわいとおもいます。でも、いまもせんそうをしている国があって、そこにちいちゃんみたいな子どもがいっぱいいるとおもいました」
「みんなでうんどうじょうにでて、かげおくりをしたら、ほんとにかげが空にうつったのでびっくりしました」
「ちいちゃんの話は、ほんとうにあったことですか。ほんとうの場所と日をおしえてください」
「わたしのおじいちゃんのともだちは、くうしゅうでしんだそうです。くうしゅうはこわかったといっていました」
「かげおくりをしたときはちいちゃんをおもいだします」
 こうした手紙を一通一通読んでいると、ちいちゃんは死んだけれど生きている、たくさんの心に生きている——とあらためて教えてもらう思いがいたします。

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