指導用資料
(国語教育相談室No.29より) あまんきみこ
三十数年も前、わたしが「くましんし」を書いたり消したりしていた或る日の朝早く、松井五郎さんがタクシーを運転して現れました。
「さあどうぞ。この車におのりなさい」
とても静かな声でいわれたような、今ではそんな気がします。
松井さんに助けてもらって「くましんし」を書きあげたわたしは、童話雑誌『びわの実学校』にどきどきしながら投稿しました。それが『びわの実学校』十三号の「童話教室」にとりあげていただいたときの驚きと恥ずかしさと喜びは、いつまでたっても昨日のように思い出されます。この「くましんし」は、人間の開拓のため北海道のこたたん山を追われた熊たちの話でした。山を降りて、人間の世界に身をかくして暮しているくましんしは、松井さんの前でほんとうの姿にもどって語り、手拍子を打って歌いだします。
「こたたん山の くまたちは
人におわれて 人になる
こたたん こたたん」
この作品でわたしは帰る故郷を失った熊たちの思いを書きたかったのですから、運転手の松井さんがそれからもタクシーを走らせるとは思っていませんでした。
けれど一年ほどしてエンジンの音が聞こえだし、わたしは松井さんの車に子ぎつねの兄弟が乗せてもらったことをしりました。こうして「小さなお客さん」が生まれました。
次は、病気のお母さんにあいにいく山ねこ先生が松井さんのタクシーに乗りました。
「白いぼうし」を書いたのは、この「山ねこ、おことわり」のあとでした。
「『白いぼうし』にでてくる女の子は、ちょうちょですか。へんじをください。まっています」
「車にのっていた女の子はちょうなのか、しゅくだいなので、そくたつでしらせてください」
「白いぼうし」を教科書にのせていただいてから、このような質問の手紙がまいこむことがあります。
わたしは少し困りながら「あなたがちょうちょだと考えるなら、ちょうちょでしょう」とか、「きみがちょうだとおもうなら、ちょうでしょうね」というような曖昧な返事をだしています。
葉書を受けとった子どもはさぞがっかりするでしょう。
「ごめんなさいね」
と呟きながらの返事ですが、今のわたしにはこれだけしか書けません。
作品はどんな作品でも、読む人それぞれの人生で読むものでしょう。子どもは子どもの人生で、大人は大人の人生で。ですからその解釈も、作者の答えが「あたり」では決してないはずです。
子どもたちに直接解答を求められてわたしが立ちすくむのは、わたしの返事がこの読むことのだいじな部分にふれる思いがしてならないからです。
三、四年も前のこと、或る集まりに出席していたとき、参加なさっていた小学校の先生から思いがけない質問をうけました。
「作品には作者のかくし味があるときいたことがありますが、『白いぼうし』の中のかくし味は? ときかれたら、まず何を思いますか」
「かくし味ですか」
わたしは一瞬考えこみました。そしてこたえました。
「そうですねえ。帽子のうらの赤いぬいとりの名前でしょうか。あの作品を書いているとき、わたしは東京の杉並区の小さな団地に暮していました。団地のまわりには、まだ畑や野原があって、小学生だった娘や息子は自然の中でたっぷり遊んでいました。それで帽子まで泥だらけにして帰ってきました。“せんたくかあさん”のわたしはいつも帽子をたわしでごしごし洗わなければなりません。そこで名前は、赤や青の刺繍糸でぬいとりにしていました。こうすれば名前がぜったいに消えないものですから。
というわけで作品の中の帽子は、新しい真っ白な帽子ではなくって、何回も洗って糊づけをしアイロンをかけた白い帽子だと思っています。これはわたしだけの思い——かくし味っていえるかもしれませんね」











