
子どもが主体的に学習に関わるようにするために,どのような工夫をしていけばよいでしょうか。

樹木は,幹から,枝を伸ばし,小枝に葉をつけ,幹から水分などをくみ上げながら,炭酸同化作用によって養分を作り,根に送り,次世代を生み出すもとを作るとともに,幹・枝・葉などに水分・栄養を補給するために,また樹木を支えるためにしっかりと根を大きく深く張りめぐらせていきます。
この営みは人間の形成と酷似しています。自分の切実な関心から力強く枝を伸ばし,葉をつける。この葉がいわば「知識」です。自分自身の問題意識から出てきた葉っぱだからこそ,それを通して炭酸同化作用が行われ,自分自身に栄養をつけていくことができる。安易に当座の間に合わせで糊付けしたような葉では,風が吹けば飛ばされてしまうし,自分を支え成長させる栄養源のもとを作る炭酸同化作用もできない。
付け焼刃的に「黒板に書いたものを覚えなさい」というような知識の場合がそうです。テストが終わったらすぐ忘れてしまう知識,もっというと,その日の授業が終わった瞬間に忘れてしまうような知識では意味がありません。自分自身で主体的に枝を伸ばし,葉をつけて背骨となる樹木を太らせ、それを支える根をしっかりと張るという学習活動があってこそ,生きた知識が身につくものだと思います。
子どもが問題意識をもって,主体的に学習に取り組めるようにするためには,まず,その学習の核となる内容に対する興味を抱かせ,そこを端緒に全体的な構造,骨格をしっかりとらえさせていくことが大切です。
社会科でいえば,どのような方法が可能でしょうか。
例えば6年歴史の,鎌倉時代の学習であれば,「貴族の時代に変わって,貴族の手足として働かされていた武士たちが,貴族に変わって自分たちが主人公となる社会をどのように築きあげようとしたのか」という問題意識をもつことが出発点になります。
その問題意識さえもてれば,ご恩・奉公の関係にしても,守護・地頭にしても,あるいは武家諸法度なども,武士の社会を確立しようとしてのことだ,ということが理解できるようになる。承久の乱にしても,「そうか,これは貴族が巻き返しを図ろうとして起きたことなんだ」と,とらえることができる。つまり,一つ一つの事象を全体の構図の中で位置づけ,関係づけながらとらえていけるようになるのですね。
また,そうして学習を進めていくうちに,我が国に,蒙古が攻めてきた。「戦争となり,日本が他国に支配されてしまうかもしれない。たいへんだ。一生懸命武士の世の中を作りあげてきた鎌倉幕府はどうしようとしているのか」という関心が生まれ,「図書館で元寇について調べよう」「北条時宗についての本を借りてみよう」「歴史漫画を読んでみよう」とか,「歴史に関する博物館で尋ねてみたい」など,各自が調べ,持ち寄って検討し,知識を確かなものにしていこうとするようになる。そこから「実感」を伴う学びが展開されていきます。こうして得た知識というのは,本当に自分自身のものになっていくのです。
ですから,単元の導入では,じっくり時間をかけて,子どもたちに問題意識をもたせてあげることが重要です。例えば平安時代の,貴族たちの屋敷での暮らしぶりと,武士の館での様子を描いた絵を対比させてもよいでしょう。武士の館は周りを堀のようなもので囲っている,なぜだろう,館の中では弓矢の稽古をしている。どこと戦争するのだろうなど,そうした気づきをどんどん出させ,貴族の時代についての学びを振り返り,復習しつつ,次の時代について学ぶ関心を高め,視点を明確にしつつ,学びへの勢いをつけていく。最初の出だしが大切です。
学習というのは,蒸気機関車に似ていると思います。蒸気機関車って,石炭を積んだり,お湯を沸かしたりして,ようやく発車できるようになります。走る前に時間が必要です。
今,子どもたちにいちばん必要な力,身につけさせたい力とはなんでしょうか。
人生80年といわれる今,激動する社会の中で,難問をクリアしながら,長きにわたる人生をよりよく生きていくため必要なことを学びに来ている「未来からの留学生」たち。その子どもたちに,身につけてあげたい,いちばん大切な力は何か。それは,学ぶ意欲そのもの,学び続けながら難問を解いていく楽しみ,手立て,自信そのものではないでしょうか。それを育てるのが,特に小・中学生の時代だと思います。7,80年後に大木となる若木を育てているのだという意識,子どもの未来への責任の自覚が,教師には求められると思います。
もう一度教育の原点を問い直し,子どもたち一人ひとりがしっかりと枝を伸ばしているか,どのような葉をどこにつけているのか,樹木を支える幹を太らせ,根を大地にしっかりと張らせて,たくましく生き生きと自立した樹木を形成しているのかをみとっていくことが,何よりも求められているのではないでしょうか。











