シーズン・インタビュー

2010年秋 本川達雄

『生き物は円柱形』 本川達雄

 このコーナーでは、さまざまな分野で活躍されている方をゲストに迎え、3回にわたってお話をうかがいます。

 今回は、生物学者の本川達雄先生に、生物界のおもしろさ、ユニークな発想の源泉などをお聞きしました。

第2回 「辺境にいれば、世界が広がる」

小学校のころはどんな子どもでしたか。

変わった子でした。授業中、一切、手を挙げないんですよ。先生の話をじいっと聞いているだけ。
  なぜかというと、そのころから、
  「そもそも正しいって、どういうことなんだろう」
ということをずっと考えていたんですね。
  わたしが正しいと思っていることは、先生が思っている正しいことと違うかもしれない。教室の中では、先生が思っておられることが正しいこと。でも世の中には、先生よりもっと偉い人がいて、もしかしたらそっちが正しいかもしれない。いや、それよりもっと本当に正しいことがあるかもしれない。
  正しさにもレベルがあるかもしれない。わたしのレベルの正しさを、「はい」って手を挙げて発表する意味があるのだろうか?
  そういうことを小学校1年のころから考えていた子どもなんですね。

本川達雄

ぜんぜん手を挙げずにいますでしょ。そこで、ときどき先生がわたしを当てるわけですよ。

先 生「この文章はどこで切れるでしょうか?」
  わたし「ここで切れます」
  先 生「どうしてそう思う?」
  わたし「先生がそこで読む人を変えたから」

わたしのそれまでの経験から言うと、読み手を変えるところが必ず大きな段落でした。だから、教室の中ではこれが正しい答えのはずだと、教室の中での客観的正しさを割り出したわけです。
  もちろん先生は唖然とした顔をなさった。今考えると、じつに嫌らしい子どもだったわけですね。

学者になるなんていう人は、そういう変な子ども時代だったことが多いんじゃないですか。

子どものころは、どういうものに興味があったんですか。


本川達雄


 本は好きで、たくさん読んでいました。例えば宮沢賢治とか。
  学校からの帰り、「オッベルときたら大したもんだ・・・のんのんのんのん」とか「セロがおくれた。トォテテ テテテイ」なんて、友達にみちみち暗唱して聞かせながら帰っていました。
  そういうリズムのある文章を覚えるのが好きだったんです。鉄道唱歌なんて全部覚えてたんですよ。それが、今の「歌う生物学」の原点ですね。
  歌にしたら、覚えちゃう。大きな声で歌えば、体にしみついちゃう。そういうのが大事だなって、思います。今もって変わらないですね。

それから、小学校のころはバイオリンを一生懸命弾いていました。でもコンクールに出て、上には上がいることがわかった。こりゃあかなわないな、と。 小学校5年でやめてしまいました。

そのときから、好きなもので飯は食わない、と心を決めてしまいました。音楽はそこで封印すると。まあ、変わった子でしたね。
  でもね、今思えば、いろんな子どもがいていいんですよね。

なぜ、生物学の道に進もうと決めたのですか?


  高校2年の時、進路を決めなければならなくなりました。
  東京オリンピックの翌年です。所得倍増計画のど真ん中で、モノをいっぱい作って、みんなで豊かになろうという時代です。でも、わたしはへそが曲がっていたので、これ以上、豊かになる必要があるのかな、みんなが役に立つことをやるんだったら、一人くらい、役に立たないことをやってもいいんじゃないかって思いました。

当時のわたしは、ポケットには朔太郎だとか藤村だとかの詩集がいつも入っていましたし、『ソクラテスの弁明』を読んで感激したりしていました。「自分とは何か」とか「世界とはどんなものか」とか、やはり知りたかったですね。
  そうなると文学部なんですけど、なんだか自己破滅型の人しか文学部に行ってはいけないような気がして(笑)。それに、文学って人間の心の中ばかり覗いているようで、やめました。

本川達雄

一方、理科系はというと、当時の花形は“素粒子”でした。湯川秀樹博士、朝永振一郎博士など、スターがおられました。物理はけっこう得意だったから、興味はありました。
  「でも、ちょっと待てよ。“素粒子”で人間もふくめて、何もかもわかるのか?」
と、むくむくと疑問が頭をもたげてきました。
  そこで、心と素粒子の、ちょうど中間くらいに立って、全世界を眺めてみよう。それには動物学あたりがいい立ち位置じゃないか、と考えたのです。
  周りはびっくりしましたよ。
  「あんた、動物好きじゃないんじゃない!?」
  たしかにそうなんです。
  大学に入って、しまったと思いましたね。動物学教室なんて、動物を愛しちゃってる人ばかりで肩身が狭い。でも仕事というものは、対象に変に思い入れがないからこそ、きちんとやれる側面も、大いにありますね。

先生は、愛は芽生えなかった?

芽生えません。ナマコの研究を続けていますが、今もってあんまり気持ちいいとは思えませんし(笑)。

なぜ、ナマコの研究を始められたのですか?

もちろん動物学として意味があると思ったからです。それに、誰もやらないから。
  学生時代“生化学・分子生物学”が上り坂で、今はもちろんですが、当時も、それをやらなきゃダメだと、みんなが言うんです。
  そう言われると、へそが曲がっていますからね、「俺は、みんながやるものは、やらん」というわけで、「古くさい」動物生理学を、海の無脊椎動物を相手にやることにしました。

大学院では、貝の研究。その後、琉球大学に赴任して、瀬底島(せそこじま)の浜辺でゴロゴロ転がっているシカクナマコに出会いました。逃げも隠れもせず、ただゴロンと転がっているだけ。それでもものすごくたくさんいます。

「なんでこんな、無防備でとろい動物が生きていけるんだ、成功してるんだ!?」
  これは謎です。調べなければと思いました。
  ナマコの研究をしてよかったと思っています。なんといっても、ナマコの皮の硬さがすばやく変わるという、生物学的にきわめて面白い現象を明らかにでき、生物学に、それなりの寄与ができたのです。

ナマコの研究を通じて、どんなことが見えてきましたか。


  シカクナマコは食えないし、可愛くもない、見ていて何の芸もしないし、研究したって、世のお役に、まったく立ちそうにありません。でも、こういうものだからこそ、研究して得られるメリットもあるのです。

わたしたちは、自然とつきあう時、可愛いとかおいしいとか、自分にとって役に立つ面ばかりとつきあおうとします。研究においてもそうです。でもこれは、人間の一方的で勝手な自然とのつきあい方だとも言えるでしょう。人間は、基本的に、人間中心、そして自己中心にふるまうものです。
  ナマコは、人間とは全く違う世界をもっています。研究しはじめは、まったく不可解でしたが、だんだんと理解できるようになってきた。そして、ナマコってすごいなあと、尊敬できるようになりましたね。
  ナマコの世界がそれなりに理解できると、そのナマコの世界に身を置いて、われわれの世界を振り返って見ることができます。すると、人間の姿が違って見えてきましたね。批判の目がもてたわけで、これは大きなメリットです。

本川達雄

ナマコの世界。そんな変な世界に身を置くことは、世界の辺境にいるということです。みんながやっていることをしていれば、世界の中心に身を置くことになります。中心にいれば、なぜそこにいるかを、人に説明する必要はありません。ところが、ナマコの研究なんていう辺境にいると、ことあるごとに、変なことをやっている意義を、延々と説明しなければなりません。
  すると、おしゃべりになってきます。授業で手も挙げなかった子どもが、マスコミでしゃべるようになったのですから、これもメリットなんでしょう。
  自分が辺境にいると、辺境も中心も含めて、包括的な世界を作らざるを得ません。自分の世界が広くなります。これはとても大きなメリットでしょうね。

今はみんなが「好き好き至上主義」なんです。自分の好きなもの、自分に役立つものばかりを自分の周りに集めて世界を作るのが、現代人のやり方。でも、そんなふうに作った世界は、じつに狭い、自分の欲望だけがすべての世界だと思います。自分を否定するようなものたちとも、何とか理解し合って共通の世界を作って共存していく。この姿勢が大切だとわたしは思っています。
  ナマコみたいな、可愛くもないものともつきあっていける人は、違う価値観の人や好きにもなれない人たちともつきあっていけるでしょう。だから、そのような人が増えれば世界は平和になるのだという想いを込めて、『世界平和はナマコとともに』という本を書きました。

『ゾウの時間 ネズミの時間』がベストセラーになりましたが、そうした生物の時間の研究もやっていらっしゃいますね。

ナマコの研究をしたら、いろいろなおまけがついてきましてね、時間もその一つです。
  研究をするにあたって、まずナマコに仁義を切らなくちゃと思って、そもそもナマコはどんな暮らしをしているのかと、一日中ナマコにつきあってみたのです。二十四時間、夜も水中ライトをつけてずーっと海の中で見ていました。

でも、ナマコはほとんど動きません。それをじーっと見続けている。これは耐え難いんですね、退屈で。
  そこで、はた、と思いました。こんな何にもしていないナマコの体に流れている時間と、ちょっとの間もじっとしていられないチャカチャカしたわたしの時間とが、本当に同じものなのだろうか? ここから、生物の時間について考えるようになりました。

研究を始めて最初の一年は、毎日、海に潜ってナマコに挨拶していたんです。すると、日を追うごとに、サンゴ礁の雰囲気がじわじわと体にしみこんできて、サンゴ礁の生物ってこんなものだという感覚ができてくるのですね。この感覚さえ大事にすれば、これから、どんな実験をやっても、どんなことを考えても、サンゴ礁の生物について、それほど見当外れのことはしないんじゃないのか、という自信がついてきました。これで動物学者になれたって、腹が据わった気がしましたね。ナマコとじっくりつきあったおかげです。

本川達雄[もとかわ・たつお]

本川達雄

1948年、宮城生まれ。東京工業大学教授。生物学者。
  ナマコやウニ、ヒトデなど棘皮動物の研究をするかたわら、“歌う生物学者”としても知られ、高等学校で習う生物学の内容を70曲の歌にした『歌う生物学 必修編』など発行。
  現在使用されている光村図書の小学校国語教科書2年に説明文「サンゴの海のいきものたち」を執筆している。
  著書に『ゾウの時間ネズミの時間』『サンゴとサンゴ礁のはなし』(中公新書)、『世界平和はナマコとともに』『「長生き」が地球を滅ぼす』(東急コミュニケーションズ)ほか多数。

福音館書店のホームページでは、「生き物は円柱形」をテーマに本川先生が作詞・作曲し、自ら歌う「ひらたいてのひら」「円柱絵かきうた」「円柱なかま」を聴くことができます。

◆本川研究室のホームページはこちら。

同じ内容をPDFでご覧いただけます。

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