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「自画像」のひみつ 第8回

「自画像」のひみつ

2015年12月18日 更新

藤原 えりみ 美術ジャーナリスト

「自画像」にはこんなひみつがあった! 自画像をめぐるさまざまエピソードとその見方をご紹介。

藤原えりみ(ふじはら・えりみ)

1956年山梨県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修了(専攻/美学)。女子美術大学・國學院大學非常勤講師。著書に『西洋絵画のひみつ』(朝日出版社)。雑誌『和楽』(小学館)、『婦人公論』(中央公論新社)で、美術に関するコラムを連載中。光村図書高等学校『美術』教科書の著作者でもある。

第8回 自画像にみる時代の変遷 
―藝大生の自画像制作(2)―

前回は、黒田清輝の指導のもと、東京藝術大学の西洋画科で卒業制作とともに自画像も課題となった経緯を紹介した。当初は自らの姿を写実的に描く作例が多いのだが、明治40年以降になると自己演出の傾向も現れる。明治43年卒業の蒲生俊武(がも としたけ)の自画像などはその代表的な例だろう。カールした髪とカイゼル髭、蝶ネクタイにワイングラス。いかにも「ザ・セイヨウ!」なこの洒落者ふうのたたずまいをどうとらえるべきか悩ましいのだが、本人はいたって真面目だったのだろう。卒業後4年で亡くなってしまったため、その後の画業を追えないのが残念だ。

画像、「自画像」蒲生俊武
「自画像」 蒲生俊武
油彩 1910年 東京藝術大学大学美術館蔵

時代が下るにつれて、韓国の官僚としての衣装をまとった韓国人留学生・高羲東(こ ふぃどん/大正4年卒業)(※1)やコートの襟を立てた横顔の岡鹿之助(大正13年卒業)(※2)など、作風や構図にも多様性が見られるようになっていく。例えば、現在ではインダストリアルデザイナーとして知られる柳宗理。西洋画科の出身(昭和15年卒業)で、この自画像は数少ない柳の油彩画のひとつだという。簡潔な描写と爽やかな青い背景が洒脱な雰囲気を醸し出している。

画像、「自画像」柳宗理
「自画像」 柳 宗理
油彩 1940年 東京藝術大学大学美術館蔵

だが、軍靴の音が高まる時代に入り、卒業生たちの自画像にも次第に閉塞感や逼迫感が滲み出す。駒井哲郎(昭和17年卒業)は戦後に銅版画家として大成するのだが、画面に対して斜めに細長く引き延ばされた青白い顔の自画像には、そうした時代の不安を見ることができるだろう。

画像、「自画像」駒江哲郎
「自画像」 駒井哲郎
油彩 1942年 東京藝術大学大学美術館蔵

第2次世界大戦後になると作風はさらに多様化。おしなべて画面は明るくなり、色彩も鮮やかさを増す。構図の工夫だけでなくデフォルメも深化して「顔」の面影すらたどりにくいような作例も現れる。極めつけは、川俣正(昭和54年卒業)の自画像だろう(画像を掲載できず残念!)。ゴムシートに制作メモを貼り付けただけ。角材を使ってまるで工事中のように見える仮設のインスタレーション作品を展開する川俣正の大胆な自己表明であると同時に、「顔を描くこと=自画像」ではなくなった時代の到来を告げるインパクト大の作例だ。こんなふうに概観してみると、明治から現代に至る藝大生の自画像をもっとたくさん見たくなってくる。尋常ならざる点数ゆえ、展覧会は難しいだろうが、できれば実見してみたいものである。

※1 高羲東の自画像については以下のサイトを参照のこと。
「日韓近代美術家のまなざし――『朝鮮』で描く」展(新潟県立万代島美術館)

※2 岡鹿之助「自画像」(東京藝術大学大学美術館)

次回も、ひきつづき藝大生の自画像制作についてご紹介します。


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