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英語をめぐる冒険 第4回

英語をめぐる冒険

2015年6月19日 更新

金原 瑞人 翻訳家・法政大学教授

翻訳家として、大学教授として、日々英語との関わりの中で感じるおもしろさ、難しさを綴ります。

金原瑞人(かねはら・みずひと)

1954年岡山県生まれ。翻訳家、法政大学社会学部教授。法政大学文学部英文学科卒業後、同大学院修了。訳書は児童書、一般書、ノンフィクションなど400点以上。日本にヤングアダルト(Y.A.)というジャンルを紹介。訳書に、ペック著『豚の死なない日』(白水社)、ヴォネガット著『国のない男』(NHK出版)など多数。エッセイに、『サリンジャーに、マティーニを教わった』(潮出版社)など。光村図書中学校英語教科書「COLUMBUS 21 ENGLISH COURSE」の編集委員を務める。

第4回 言葉が違えば発音も違う!

ずいぶん昔のことだが、BBCのラジオ放送をきいていたら、「フランスの名優、チャールズ・ボイヤー氏が亡くなりました」というニュースが流れた。学部の3年生か4年生のことだと思う。一瞬、ぽかんとして、「え、だれそれ?」と思ったのをよく覚えている。フランスの俳優で、チャールズ・ボイヤーっていたっけ?

ニュースをきいているうちにようやく、わかった。「シャルル・ボワイエ」じゃん!
若い人にはなじみがないかもしれないが、往年の名優で、とくに団塊の世代から上の人たちには人気があった。ぼくの母親も知っていた。『凱旋門』『おしゃれ泥棒』『パリは燃えているか』といった名画に出演している。

挿絵、猫と犬

なんでこんな例を引いてきたかというと、英語とフランス語では同じ人名(に限らず、同じ単語)でも発音が異なるということをいいたかったからだ。細かいことをいうときりがないけど、わかりやすい例を挙げると、フランス語では「h」を発音しない。というか「h」の発音がない。
「春の花」は「あるのあな」、「白衣の天使」は「あくいのてんし」になる。

そういえば、大学3年生の春休み、イギリスに1ヶ月の語学留学にいったことがある。そのときの会話の先生は各国の学生の弱点に妙に詳しくて、rとlの発音問題が出てくると、ぼくなんかがまっ先に指される。hの発音になると、フランス人の女の子がご指名にあずかる。これが、じつに楽しい。なにしろ、haveが発音できないのだ。「アヴ」になってしまう。先生はうれしそうに、No, “Have!”、と指摘するけど、その子は必死に、喉の奥からgに近いrのような音を発して、また、みんなの苦笑を買う。フランスでは、ハンバーガー(hamburger)は「アンブルグール」と発音するらしい。

こないだ、パリに遊びにいって孫に会った。絵が好きだというので『富嶽三十六景』の数枚を見せたら、学校で連れていかれた美術館でみたことがあったらしく、目を輝かせて「オクサイ!」といっていた。フランスでも北斎は有名なのだ。ただし、「オクサイ」として。

hに限らず、英語とフランス語の発音はずいぶんちがう。
フランク王国の王様、シャルルマーニュも英語圏では「シャールメイン」と呼ばれる。作曲家のヨハン・シューベルトは「ジョハン・シューバート」。

ここで翻訳の話をすると、固有名詞は原則として、すべて現地語読みにならうことになっている。たとえば、ドイツ語の場合、『トッカータとフーガ』の作曲者、英語圏では「ジョーハン・セバスチャン・バーク」と呼ばれているが、日本ではドイツ語読みを採用して「ヨハン・セバスチャン・バッハ」と表記する。『ファウスト』で有名なドイツ人作家は、英語では「ガータ」だが、日本語では「ゲーテ」。

じゃあ、別になんの問題もないじゃないかといわれそうだが。大いにある。
次回はその話をしよう。

Illustration: Sander Studio

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