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英語をめぐる冒険 第5回

英語をめぐる冒険

2015年7月17日 更新

金原 瑞人 翻訳家・法政大学教授

翻訳家として、大学教授として、日々英語との関わりの中で感じるおもしろさ、難しさを綴ります。

金原瑞人(かねはら・みずひと)

1954年岡山県生まれ。翻訳家、法政大学社会学部教授。法政大学文学部英文学科卒業後、同大学院修了。訳書は児童書、一般書、ノンフィクションなど400点以上。日本にヤングアダルト(Y.A.)というジャンルを紹介。訳書に、ペック著『豚の死なない日』(白水社)、ヴォネガット著『国のない男』(NHK出版)など多数。エッセイに、『サリンジャーに、マティーニを教わった』(潮出版社)など。光村図書中学校英語教科書「COLUMBUS 21 ENGLISH COURSE」の編集委員を務める。

第5回 原則というくせ者

翻訳の場合、固有名詞は原則として、現地語読みにならう……と前回書いた。ただ、この「原則として」というのがくせ者だ。というのも、例外があるからだ。

挿絵、猫と翻訳家 よくあるのが、間違った発音が定着してしまった例。これは、ちょっと直しようがない。
たとえば、フランクリン・ルーズベルト(正 フランクリン・ローズベルト)、ビバリーヒル(正 ベバリーヒル)、グラハム・ベル(正 グレアム・ベル)、ロザムンド・パイク(正 ロザマンド・パイク)など、数えあげればきりがないから、このへんにしておこう。心ない翻訳者の間違いはあとあと尾を引いてしまうのだ……とか、偉そうなことを書いているけれど、こないだ16年前に訳した『スウィート・メモリーズ』という本を読み直してみたら、15ページに「グラハム先生」とある!
だめじゃん!
「過ちて改めざる、是を過ちという」。今度、増刷になるときには直さなくちゃ。

ここでちょっと話題を変えて、英語の発音一般の話をしてみたい。
大学で英語を教えていて、grew、blew、drewを「グリュー、ブリュー、ドリュー」と発音する学生が多い。ewの発音は何種類かあって、dew、fewなどは【juː】だが、ow、awで終わる動詞の過去形がewになる場合は【uː】になる。「グルー、ブルー、ドルー」が正しい。ちなみに、blewとblueは同じ発音だ。

英語というのは、発音がめんどくさい。ドイツ語、フランス語、イタリア語、スペイン語などを習った人は、いかに英語の発音がややこしいか、例外が多いかを痛感すると思う。
さっきのewにしても、sewは【sou】と発音する。
以前に紹介した『人類最高の発明 アルファベット』から引用してみよう。たとえば「tough bough cough dough」。同じoughの発音がすべて違う。
さらに、
nation shoe sugar mansion mission suspicion ocean conscious chaperon schist fuchsia
ようくみてほしい、【ʃ】の発音を表すのに11種類の綴り方があるのだ。

ええかげんにせい! といいたくなるではないか。
まったく、イギリス人は頭がいいのか悪いのか!
フランス人にいわせると、イギリス人は頭が悪いから、発音がごちゃごちゃで、さらに頭が悪いから、格変化が異様に少ない(覚えられないから)らしい。
フランス人にいわせると、さらに、イギリスには、ろくなアーティストがいない、ろくな建築家がいない、ろくな作曲家がいない、イギリス人はファッションセンスが悪い、料理が下手……などなど、次々に悪口が飛び出す。

それはともかく、中学校の先生にお願いしたいのは、基本的な単語の発音はきちんと教えてほしいということだ。
中学校でgrewを「グリュー」と覚えてしまったら、一生、それは直らない。なぜなら、基本単語はいったん覚えてしまったら、辞書で調べ直したり、確かめたりすることがほとんどないからだ。あとあと、growを辞書で引くことはあるとしても、そのとき過去形の発音までは調べない。

基礎教育の大切さは、こういうところにもあると思う。

Illustration: Sander Studio

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