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英語をめぐる冒険 第6回

英語をめぐる冒険

2015年8月26日 更新

金原 瑞人 翻訳家・法政大学教授

翻訳家として、大学教授として、日々英語との関わりの中で感じるおもしろさ、難しさを綴ります。

金原瑞人(かねはら・みずひと)

1954年岡山県生まれ。翻訳家、法政大学社会学部教授。法政大学文学部英文学科卒業後、同大学院修了。訳書は児童書、一般書、ノンフィクションなど400点以上。日本にヤングアダルト(Y.A.)というジャンルを紹介。訳書に、ペック著『豚の死なない日』(白水社)、ヴォネガット著『国のない男』(NHK出版)など多数。エッセイに、『サリンジャーに、マティーニを教わった』(潮出版社)など。光村図書中学校英語教科書「COLUMBUS 21 ENGLISH COURSE」の編集委員を務める。

第6回 右から左か、左から右か

この連載、これが最終回、というので、しめくくりにどんなかっこいいことを書こうか悩んでいたら、あと6回書いていいといわれ、ほっとしたところ。

というわけで、ちょっと話を広げて、アルファベットについて書いてみようと思う。前々回、アルファベットは必ずしも、「ABC」から始まるわけではないし、広義にとらえれば、漢字も仮名もハングルもalphabetと考えることができるということを書いた。今回は、その書き方について。

挿絵、猫と翻訳家

英語に限らず欧米のアルファベットは左から右に書く。だが、なぜだろう。不思議に思った人はいないだろうか。右から左じゃだめなのか、書きづらいのか。左から右に書く理由はあるのか。

おそらく、右から左でもいい、右から左でも書きづらくはない、理由はない、というのが答えだと思う。
英語のアルファベットにしても、その原型は(エトルリア文字を経由しての)ギリシア文字だといわれているが、初期ギリシア文字はしばしば右から左に書かれたらしい。このへんは『世界の文字の図典』(世界の文字研究会編、吉川弘文堂)に詳しいので、興味のある方はぜひ読んでみてほしい。さらにおもしろいのはこの本の次の指摘だ。

初期の刻文はしばしば右から左へ書かれ、ときには1行毎に左右入れちがえに書いた(これをブストロフェドン=犂耕体【りこうたい】書法という)りした

つまり、右から左に書いていって端までくると、すぐ下に、今度は左から右に書いていき、右端までくると、次は右から左に書いていく。じつに効率的だ。それだと、右から読めばいいのか、左から読めばいいのか、わからないんじゃないかと思う人もいるだろうが、右書きと左書きは文字が左右反転しているのでわかるらしい。レオナルド・ダ・ヴィンチの鏡文字の要領だ。紀元前5、6世紀のギリシア人、おそるべしである。
ただ、これは文字が20数個しかないからできることであって、漢字文明では考えられない。「臥薪嘗胆」の漢字を左右反転させて書くのは大変だ。

それはさておき、われわれは現在、横書きといえば左から右に書くものと思っているが、そこに必然性もないような気がする。
アラビア語もヘブライ語も右から左に書く。
日本だって、ぼくが子どもの頃、煙草屋の横看板は「たばこ」ではなく「こばた」だったし、昔の絵本の表紙には「まやちかちか」と書かれていたし、伊藤左千夫や斎藤茂吉や島木赤彦らが参加した短歌会の機関誌の表紙には「ギララア」と書かれていた。いまでも浅草寺の雷門と書かれたでっかい提灯の上には「山龍金」と刻まれた横額がある。古い旅館にいけば、「日好是日日」とか「会一期一」と書かれた横額がかけてある。手元にある昭和6年8月1日発行の「キング」という雑誌のなかの宣伝ページには、上に「ヤイパンエ・ーコイセ」とあって、下には腕時計が5つ並び、男の子と女の子がにこにこして手をあげ、その後ろには日本の国旗、その右上に小さく「産國良優」と書かれている。

右から左か、左から右か、それを決めるのは合理的な理屈ではなく、ただの偶然と慣れなんだと思う。

ただし、さっき例にあげた、日本の「こばた」「まやちかちか」「ギララア」その他は、右から左への横書きにみえるが、これは横書きではない。その話は次回また。これには英語がからんできます。

Illustration: Sander Studio

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