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英語をめぐる冒険 第9回

英語をめぐる冒険

2015年11月27日 更新

金原 瑞人 翻訳家・法政大学教授

翻訳家として、大学教授として、日々英語との関わりの中で感じるおもしろさ、難しさを綴ります。

金原瑞人(かねはら・みずひと)

1954年岡山県生まれ。翻訳家、法政大学社会学部教授。法政大学文学部英文学科卒業後、同大学院修了。訳書は児童書、一般書、ノンフィクションなど400点以上。日本にヤングアダルト(Y.A.)というジャンルを紹介。訳書に、ペック著『豚の死なない日』(白水社)、ヴォネガット著『国のない男』(NHK出版)など多数。エッセイに、『サリンジャーに、マティーニを教わった』(潮出版社)など。光村図書中学校英語教科書「COLUMBUS 21 ENGLISH COURSE」の編集委員を務める。

第9回 世界初の和英辞典

数年前、神保町の古本屋を回っていたら、バタビヤ版の和英辞典に出くわした。前々回にここで紹介したヘボン先生の『和英語林集成』よりも古い。そのわりにしっかりした形で残っていて、すごいなあと思ってあちこちめくって読んでいた。値段さえ手頃なら買おうかと、札をみたら、200万くらいだった。おそるおそる棚にもどし、翻訳本でベストセラーが2冊連続で出たら、もどってくることにした。もう売れてしまっただろうか。残念ながら、ベストセラーとは無縁のままだ。

挿絵、猫と翻訳家

しかしその日はうちに帰って、バタビヤ(バタヴィア)を調べてみた。『広辞苑』には「インドネシアの首都ジャカルタのオランダ領時代の名」とある。ああそうか、そういえば日本史でちょっと出てきたなと思い、それきりになっていた。

ところが、この連載で江戸、明治の和英、英和辞典のことを調べているうちに、この和英辞典が出てきた。前回、前々回と、19世紀前半、廈門(アモイ)や澳門(マカオ)や上海などで英米の宣教師が布教活動を活発に行っていて、中英辞典が作られたり、聖書の中国語訳が作られたりしたことを書いたのだが、都田恒太郎の『ロバート・モリソンとその周辺 中国語聖書翻訳史』(教文館)という本を読んでいたら、こんな文章があった。

また、モリソンの後を継いで、中国へ渡来したメドハーストは、それまで、モリソンの命に従って、マラッカからバタビヤへ移駐し、バタビヤを中心に伝道を展開している時に、先輩モリソンの意に従って、バタビヤにおいて、日本語の書物と日、蘭、中の辞書を手にすると、早速それらを手がかりに日英字典を製作、出版しているのである。

おいおい、本当かよと思って調べてみたら、「明治学院大学図書館デジタルアーカイブス」にこんな記述があった。

W.H.Medhurst 『An English and Japanese,and Japanese and English Vocabulary』

1830年(天保元)Batavia 通称『じゃがたら辞書』
来日経験もなく、日本人とも会わず、中津藩主奥平昌高の『蘭語訳撰』を基本に英和5,400語和英6,500語の単語集を作り、リトグラフで印刷、バタビアで発行した。これが世界初の和英辞典である。

このメドハーストが作った『じゃがたら辞書』(辞書というよりは『語彙集』)について、望月洋子は『ヘボンの生涯と日本語』(新潮社)で、「この『語彙集』は、ヘボンが日本語履修の最初の参考にしたと見てまちがいあるまい」と書いている。めでたく、ヘボン、モリソン、メドハーストがつながった。

早速チェックしてみたら、『幕末の日本語研究―W.H.メドハースト英和・和英語彙‐複製と研究・索引』(三省堂)という本がみつかった……のだが、絶版で、ちょっと手に入りそうにない。
ともあれ、幕末から明治にかけての宣教師たちの大活躍についてはこのへんでいったん終わりにしよう。

Illustration: Sander Studio

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