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2010年夏 松谷みよ子 「語り継いでいきたい言葉・心」

童話作家の松谷みよ子さんに,民話の魅力,子どもたちに語り伝えたい日本の心などについてお聞きしました。

第1回 「民話との出会い」

松谷さんはたくさんの民話作品を書かれていますが,小さいころから興味をもたれていたのですか。

実は,民話と本格的に向き合ったのは結婚後なんですよ。


松谷みよ子

それは意外な話ですね。

私は東京育ちで,小さいころは,周りに昔話をしてくれる人はあまりいなかったんです。父も母も金沢の生まれなんですが,あんまり昔話はしてくれませんでした。
  その代わり,『アルス日本児童文庫』(北原白秋・小川未明など編著)や,『小学生全集』(菊池寛 編)など,子ども向きの本はたくさん与えられていました。

うちの母は,「とにかく本を読め。本を読まんとばかになる。うちのことはせんでよろしい」と,いつも言っていました。
  ですから,子どものころは,日本の昔話というと本では読んだのですが,語りを聞いたことはほとんどありませんでした。考えてみると,疎開先の信州でも,終戦後のことではあり,昔話を聞く環境ではなかったですね。

新しい童話は,たくさん読まれていたのですね。

そうですね。本には小さいころからずいぶん親しんでいましたね。
  それから,小さいときに住んでいた江古田というところには,かわいらしい教会がありました。そこで子どもたちが集まって,大学生のお兄さんたちがお話ししてくれる「日曜学校」が開かれていたんです。わたしはクリスチャンではありませんでしたが,よくそこに通って,聖書を題材としたような人形劇も楽しんでいました。
  それがきっかけで,私自身も人形劇が好きになって,戦後,人形劇の活動を始めることになったんです。

後に結婚することになる瀬川拓男(※1)が人形座という劇団をやっていまして,そこで活動する中で,『夕鶴』を書かれた木下順二さん(※2)たちとの交流が生まれました。
  木下順二さんは,「民話の会」という会を主宰されていました。そこに入って,今までの仲間とは違った人たちとの出会いがあって,初めて「民話」という言葉と巡り会ったんです。

※1 瀬川拓男(1929?1975)劇作家,民話研究家。教科書
     に掲載された作品に『吉四六話』など。

※2 木下順二(1914?2006)劇作家,評論家。教科書に掲
     載された作品に『木龍うるし』など。

松谷みよ子

それから日本各地で,民話の採訪が始まったのですね。

ところが,その矢先,結核になり,それから足掛け3年,療養所で瀬川に看病されていました。
  民話の採訪に行き始めたのは,その後,瀬川と結婚してからです。1956(昭和31)年,29歳の時でした。初めは瀬川のふるさとの長野県上田市に行きましたが,この経験で一気に民話の世界に入り込み,魅力にとりつかれました。

実際に全国を歩いて民話を集めるのは大変なことでしょう。

「じゃあ,次はあの人のところに行きな」なんて言われながら,次々に知り合いを紹介されて,話を聞いて回るんですよ。ひたすら書き留めながら。
  ときには,知らない家でも「ごめんください」と言って飛び込んでいくんです。
  東京に帰ってきて童話の師匠である坪田譲治先生にそんな話をすると,「そりゃ,松谷さん,あなたが女性だからできたんですよ。男性だったら絶対に中に入れてくれない」って笑ってらっしゃいました。

当時,まだ民話の資料が少なかった和歌山に行ったときには,海沿いの道から川伝いに山の方へ入っては戻り,また,次の川沿いに入っていくということの繰り返しです。てくてく,てくてく,ひたすら歩いていくんです。
  「そんなら,あそこのじいさまが話を知ってるだろう」と教わって,すぐそこだから,と行ってみるとこれがとても遠い。
  やっとそのじいさまの前に座って,和歌山は天狗の話が多いので,それを聞かせてほしいと頼んだら,「天狗なんぞ,おりゃあせん!」と一喝されて,それでおしまい。結局,昔話は全然聞かせてくれなくて,家系図を引っ張り出してえんえんとご先祖様の説明が始まっちゃたこともありましたね。

“人”と向き合って話を聞くのが大事なんですね。

瀬川は,「民話と向き合うには,資料を分析しているばっかりじゃだめだ。東京にいて文学論,民話論ばっかり勉強しているようじゃだめだ。とにかく農村や山村,漁村に入って,そこのおじいさんやおばあさんに話を聞け。歩かなきゃだめだ」といつも言っていました。
  だから,もし原話や資料を研究するところから民話の世界に入っていたとしたら,わたしはあんまり民話を好きになれなかったんではないかと思っています。いわゆる昔話の研究だけだったらね。

いろんな人に話を聞くということは,本当におもしろい。語りに込められる人々の心,祖先との巡り会いを体で感じることができるんですよ。
  わたしは今,「民話の研究会」という会をやっているんですが,その仲間と一緒に,千葉に行ったり,山形県の真室川に行ったり。毎年どこかへ出かけて話を聞いています。いろんなお年寄りの話を聞くのは楽しいですね。

松谷みよ子[まつたに・みよこ]

松谷みよ子

1926年,東京生まれ。童話作家。

『龍の子太郎』(講談社)で国際アンデルセン賞優良賞受賞。『ちいさいモモちゃん』(講談社)で野間児童文芸賞,『あの世からの火』(偕成社)で小学館文学賞,『私のアンネ=フランク』(偕成社)で日本児童文学者協会賞。
  民話に関する著作に『現代民話考(全12巻)』(ちくま文庫),『現代の民話』(中公新書),『民話の世界』(PHP)など多数。2015年2月逝去。