メニュー

2010年冬 藤巻幸夫 「人と人とをつなぐ力」

大手デパート「伊勢丹」のカリスマバイヤーとして知られ,その後,足袋の老舗メーカー「福助」の会社再建に携わるなど,実業家として数々の業績を上げていらっしゃる藤巻さんをゲストに迎えました。

第1回 「いい言葉に出会いたい」

小学校教科書をご覧いただきましたが,どんな印象をもたれましたか。

国語の教科書を読ませてもらいましたが,正直びっくりしました。古典がずいぶん入っている。いいですね。福澤諭吉の「天地の文」(6年)もほんとうにいい文章です。こういうものに,ぜひ子どものころから触れてもらいたいと常々思っていたんです。

藤巻さんにとって,古典の魅力とは何ですか。

僕は,『論語』をはじめとした中国の古典や,佐藤一斎の『言志四録』などを愛読しています。古典の中には,いい言葉がたくさんあるんです。それを知るということは,「人を知る」「歴史を知る」ということ。先人の考えを学んで,謙虚に自分の生き方を見つめることができるところが魅力ですね。

藤巻幸夫


藤巻幸夫

古典の世界で,いい言葉に巡り会うということですか。

そうです。古典に限ったことではありませんが,言葉というのはとても大事だと思います。とりわけ,古典の中には,受け継がれ,磨き抜かれてきたいい言葉がたくさんある。だから,僕は今でも,たくさん本を読んで,もっともっといい言葉に出会いたいと思いますね。

受け継がれ,磨き抜かれてきた文化を大切にしたいということですね。

言葉だけでなく,文字も同じです。たとえば「躾」や「恥」という漢字。昔は,みんな知っていたことだと思うのですが,「躾とは,身を美しくすること」「人の言うことに素直に耳を傾け,恥をかいて成長せよ」なんて字の解説をすると,若い人たちが「ほぉ」っと感じ入る。こういう話は,単に人を引きつけるテクニックではないんです。日本人がずっと昔から受け継いできた心。それを僕たちも伝えていくことが大切なことだと思っています。

 教科書はまさにその役目を担っていますね。
 「季節の言葉」という教材も印象に残りました。6年生の「秋は,人恋し」ひとつ見ても,いい言葉がたくさんあります。「五穀豊穣」「牀前 月光を看る」。こういう言葉を知っているということは,大人になってきっと生きてきますよ。

故事成句は,よく会社の朝礼などで使われますね。

会社なんかで,よく古典に出てくる難しい言葉をつかって,部下に説教をしたりする人がいますが,難しい言葉ををそのまま言っても,絶対人の心を動かすことはできない。相手だって頭に残らないでしょうしね。
 でも,難しい言葉を自分でよくわかった上で,相手に分かりやすく伝えることができると,ちゃんと心に届くし,聞いた人もそれを他の人に伝えたくなってくる。それが僕の考える言葉によるコミュニケーションの大事なポイントなんです。

「コミュニケーション学」という本をお書きになっています。

藤巻幸夫

今までお話ししてきた「言葉」を基本に,僕がこれまでたくさんの会社にかかわってきた経験から,わくわくしながら人とコミュニケーションをとりたくなるようなヒントや,人と人との心をつなぐ大切さについて書いてみました。

組織を活性化し,大きな力を生み出すためのコミュニケーションですね。

会社をはじめ組織やチームというものは,一人一人が大きな力を出しても,それぞれの目指す方向が違っていたら大きなパワーにはなりません。バラバラの力を大きな力に変える「求心力」が必要なんです。
 「求心力」によって,相手としっかり向き合い,心と心を重ね合わせて,お互いの力をうまく噛み合わせていくんです。
 現代は価値観が多様化して,自然にまとまることが難しくなっています。だからこそ,「求心力」が必要になり,「求心力」をつけるには,コミュニケーションの力が必要なんです。

藤巻さんの体験から,実際に協働(コラボレーション)をしていく上で欠かせないことは,どんなことでしょう。


藤巻幸夫


 いちばん大事なのは,プロジェクトのゴールをみんなで正しく認識するということです。これは,いわゆる売上や成績といった「数字の目標」ではなく,「誰に対して」「何をするために」集まったのか,という「ビジョン」や「志」です。
 同じイメージをもつことによって,「やらされる」という受身ではない姿勢を作っていくんです。

リーダーとして,いろんな考えを持った人の集まりに,共通の「ビジョン」や「志」をもたせる。そのためのコミュニケーションのとり方は難しいですね。

もちろん簡単ではありません。相手をロジックで一気に説き伏せることや,やる気のなさを攻撃することでは,温度差は埋められません。結局いちばんの近道は,粘り強く語りかける“ 草の根運動” を続けることです。

 僕の経験から言って,最初は冷めた目で見られていても,本気の思いは確実に伝わっていきます。
一朝一夕にはいきませんがね。めげずに,本気を伝えていくこと。それがいちばん大事です。

藤巻幸夫[ふじまき・ゆきお]

藤巻幸夫

1960年東京生まれ。上智大学卒業後,伊勢丹に入社。「解放区」「リ・スタイル」「BPQC」など数々の売り場をプロデュース。またバーニーズジャパン設立メンバーとしてレディースを担当する。
 伊勢丹退社後,アパレル会社,バッグ会社の役員を経て2003年福助株式会社の社長を務め,1年半で再建を果たす。2005 年株式会社セブン&アイ生活デザイン研究所代表取締役,株式会社イトーヨーカ堂取締役執行役員衣料事業部長となる。
 株式会社シカタ代表取締役プロデューサー,株式会社テトラスター代表取締役などを兼任し,新しいライフスタイルの提案や日本をキーワードにこだわった売り場,ブランド作りの道を歩き始める。またアカデミーヒルズ「日本元気塾」の講師や明治大学特任教授としても教育分野にも進出。2014年逝去。