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2011年夏 澄川喜一 「伝統・文化を未来へつなぐ」

彫刻家で東京スカイツリーのデザイン監修をされた澄川喜一さん(東京藝術大学名誉教授)に,スカイツリー・日本の伝統文化・今後の美術教育について伺いました。

第1回 「スカイツリーと伝統文化」

澄川さんがデザイン監修を務められた,東京スカイツリーでは,五重塔などの日本の伝統文化を参考にされたと伺ったのですが,スカイツリーと日本の伝統文化の関係について教えてください。

澄川喜一

 スカイツリーは,東京タワーとはまったく違った考えで造られています。東京タワーは,フランスのエッフェル塔を参考にして4本足のトラス構造で造られています。もちろん,参考にしたといっても,当時の日本の工夫は大したもので,エッフェル塔は鉄をたくさん使ってガッチリ造っていますが,東京タワーは鉄の量がはるかに少ない。軽量で333mの高さを造りました。でも,スカイツリーは,エッフェル塔や東京タワーとは根本的に違った構造で造られているのです。
 スカイツリーは,五重塔の「心柱(しんばしら)」という構造を参考にしています。法隆寺の五重塔はクレーンのない時代にあれだけの高さのものを造って,しかも,地震や台風の多い日本で1000年以上も建っているわけですからすごいでしょう。五重塔の「心柱」には,免震と制震が一緒になった構造が備わっています。これは世界に誇れる日本の知恵です。その「心柱」の構造をスカイツリーに活かしたのです。

地震の多い日本で1000年以上倒れない,五重塔の「心柱」の構造とはどういうものですか。

 五重塔は太い柱(心柱)がかんぬきのように中心部を貫いていて,他の柱や屋根は「心柱」に触れることなく,それを取り巻くように組み上げられています。置いてあるだけで,ボルトで締めたりはしていない。柔軟性のある構造なんですね。だから,揺れを吸収しやすくなっているのです。
 今度のスカイツリーは,そういった「心柱」を参考にした上で,鉄で造っていますから,五重塔よりも長くもつかもしれないですよ。丁寧にメンテナンスしていけば。

澄川さんスケッチ

法隆寺五重塔略図(澄川さんスケッチ)
赤い部分が心柱

スカイツリーは不思議な形をしていると噂になっていますね。傾いて見えると,よく言われています。

スカイツリー

見る位置によっては傾いて見えることも

 スカイツリーのデザインでは面白いことをやりました。例えば,土台は三角なのに上にいくにつれて丸くなっていく。だから,見る方向によっては,「あれ?」と思うことがあります。傾いているように見えるんですね。土台が正三角形だから,左右対称に見えるのは,3方向しかないんです。そこからちょっと動くと,片方の辺は反って,片方の辺は丸くなりますから,傾いて見える。こういうシンボリックな建物は,「あれ?」と思いながら見えるような,表情豊かなものの方がいいと思いました。みんな上ばかり見るから,土台が三角ということに気づかないんですね。
 土台を三角形にしたのは,敷地のかたちが理由です。スカイツリーは東京タワーよりも敷地が細長かったのです。そこに,東京タワーの倍近くの高さのものを建てることになりました。そうすると,どうしても三角形にせざるをえなかったのです。それは,三角形は面積が小さくても,この敷地において一辺の長さを広く取れる形だったからなのです。ちなみに,東京タワーの敷地は,一辺が約95mの四角形なのに比べて,スカイツリーは一辺が約68mの三角形の土地に建っています。

スカイツリーの形は,反ったり丸みを帯びたりしているのですね。

反るように曲がっている部分を「そり」といいます。そして,丸みを帯びて,ちょっと膨らんでいる部分を「むくり」といいます。正三角形の土台に柱を三本立てて,だんだん丸くするような構造です。下の方の柱は反っていて,上の方の面は膨らんでいる。それが面白いでしょう。

「そり」や「むくり」という発想は,どこからきているのですか?

 「そり」や「むくり」も日本の伝統的な曲線美なんです。僕は長年彫刻で「そりのあるかたち」というのをテーマにしているんですが,スカイツリーを設計する日建設計から,「スカイツリーのデザインに『そり』と『むくり』を取り入れたい」と協力の依頼を受け,監修に携わったんです。
 「そり」は日本刀の刃を下に向けて置いたときに見られる刀の峰のライン。反対に,「むくり」は日本刀の刃を上に向けて置いたときに見られる刀の刃のライン。日本の社寺建築の屋根の葺き方でも,綺麗な「そり」があります。「むくり」も,「むくり破風」といって,京都をはじめ全国各地の伝統的な家の屋根に見られる形です。「そり」と「むくり」は,日本の木造建築に古くから採り入れられているデザインなんです。スカイツリーは,そういう日本独特の形を取り入れています。

スカイツリーと澄川先生

スカイツリーは,その色にも日本の伝統的な要素が入っていると伺ったのですが。

スカイツリー

 スカイツリーの色は「藍白(あいじろ)」をベースにしています。真っ白じゃなくて,ちょっと青が入れてある。藍染の色です。スカイツリーはパイプでできていますから,こうすると天気の悪い日でもきれいな影が出ます。影がちょっと青く見える。色を決めるときも,日本の藍とか,日本の気候とか,照明がうまく反応する色とか,結構時間をかけて考えたんですよ。

スカイツリーはあらゆるところで日本の伝統にこだわっているんですね。

そう。それから日本の伝統の「ものづくり」の力も忘れてはいけません。日本人は,世界で一番「ものづくり」がうまいと思う。溶接技術は日本が一番優秀らしい。溶接というのは鉄をくっつけること。金属をある温度まで熱して,同じ金属を溶かし込んでいく。これは本当に勘が分からないと,くっつかないんです。「両方熱くなってるな」とか,「今落とし込む温度だな」とかが分からないとできない。変にやると,後で冷えてからポロッと取れちゃう。溶接の難しさは半端じゃない。スカイツリーの柱の一本一本は全部,そういった高い技術をもった人の手でつないでいるんです。

まさに日本の伝統の手の技ですね。

これこそ,魂を込める作業というのかな。日本人の「ものづくり」の力ですよ。スカイツリーは,世界でも類を見ない,日本の伝統の知恵や技術が結集した,「オール・ジャパン」のタワーといえると思います。

五重塔の心柱の構造のお話を伺いましたが,スカイツリーは東日本大震災では大丈夫だったのでしょうか。聞くところによると,スカイツリーの付近でも震度5弱程度の揺れがあったそうですが。

大丈夫でしたよ。ただ,怖かったのは,タワー本体を造りながら,その中で「ゲイン塔」を組み立てて,下から押し上げていたんです。それを上げる最終のところに来ていまして,もう少しでゲイン塔が上に出る,というときに大地震が起きました。幸い何事もありませんでしたが,それが一番怖かったです。それから,心柱があると中でゲイン塔が造れないから,ゲイン塔を造っているときは心柱がまだ完成していなかったんです。でも,心柱ももう少しで完成します。そうすればもう,どんな地震が起きても大丈夫ですよ。

澄川喜一[すみかわ・きいち]

澄川喜一

1931年島根県生まれ。彫刻家。東京藝術大学名誉教授。東京藝術大学彫刻科卒業,同大専攻科修了。1995年から2001年まで東京藝術大学学長を務める。主な作品に「カッターフェイス」(東京湾アクアライン海ほたる),「青春交響の塔」(下関あるかぽ~と)など。1998年紫綬褒章受章,2003年日本芸術院賞・恩賜賞受賞。04年日本芸術院会員に就任。08年文化功労者,09年NHK放送文化賞受賞など。光村図書中学校・高等学校『美術』教科書の著作者を務める。