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2011年夏 澄川喜一 「伝統・文化を未来へつなぐ」

彫刻家で東京スカイツリーのデザイン監修をされた澄川喜一さん(東京藝術大学名誉教授)に,スカイツリー・日本の伝統文化・今後の美術教育について伺いました。

第3回 「興味・関心を深める教育を」

これからの子どもたちをどう育てていきたいとお考えですか。

 最近,「競争」よりも「平等」を大事にする風潮があると思うんですが,「平等」を極端な形で徹底してはいけないのではないかと考えています。厳しい競争をする必要はないけれど,「いい競争」であればするべきだと僕は思う。大切なのは,「競争」を通じて自分のよさと他人のよさを見分けること。要するに,人との差を確認すること。そうすれば,みんないいところが出てくると思います。
 何をやってもだめな人なんていなくて,誰もが何かをやれるものなんですよ。「走るのは遅いけど,鉄棒ならできるよ」とかね。だから,教育の中では,極端に平等さにこだわらずに,厳しくなくていいから,競争をすべきだと思う。競争というよりも,「切磋琢磨」というのが近いでしょうか。

澄川喜一

実際にいろいろな授業をご覧になっていると伺いました。

最近見た授業で印象に残っているものがあります。それは「ものに関心をもとう」という授業だったんです。例えば,花を写生するときがありますよね。写生とは,写真の「写」と生命の「生」という字を書きます。それは,命を写すという意味なんですよ。要するに,写生というのはものをよく見る勉強なんです。だから,その先生は,絵を描く以前に,「ものに関心をもとう」ということを大事にしていました。
 「何かを見た気になる」,「何かを分かった気になる」というのは,理解が表面で止まっているんですね。対象の中に入れていないというか,対象に関心をもてていないんです。見る力や感じる力が弱くなっている。僕たちが子どものときは,好奇心のままに行動することがよくあった。錦帯橋について徹底的に調べようと,裸足で橋を歩いてその感触を確かめてみたりね。でも,今はそういうことをなかなか子どもにさせない。裸足は汚れるとか,足を痛めるとか。でも,子どもに体験させないのはよくないのではないでしょうか。
 大人は,子どもが「ものに関心をもつ」ことを大切にし,子どもが好奇心のままに行動することを見守ってあげるべきだと思います。

若い世代に特に伝えていきたいこと,身に付けてほしいと願うことは,どういったことでしょうか。

若い世代には,とことんものに関心をもつことを大事にしてほしいですね。
 僕の場合,関心をもったのは錦帯橋だけれども,こんなに面白いものを誰が,いつ,どうやって造ったのか,ということをとことん調べようとしていた。こういう関心は,本当は子どもはみんなもっているんですよ。僕は,一度立ち止まってもいいから,子ども自身の興味関心を深めてあげた方がいいと思います。

そのためには,大人はどんなサポートをすればいいでしょう。

先日も,小学生向けの彫刻ワークショップを開いたんですが,そこに面白い子がいたんです。作業時間が始まってもなかなか動かないで,ジーっと考えている。動き始めるのがあまりに遅かった。ところが,その子は最後にはものすごくいい物を作ったんです。つまり,その子は周りに比べて作業が遅かったんですが,最後には周りよりもいいものを作った。このように,作業の速さにも人さまざまあるから,周りの大人は,ゆっくり考える時間を与える配慮をしてほしいですね。
 動き始めるのが遅いのは駄目だっていうのは,スタートが遅いなら走るなっていうのと同じでしょう? でも,あとで追い抜くかもしれないよ(笑)。だから,周りの大人がもうちょっと余裕をもってほしいです。
 僕が小学生の頃はそういう余裕が結構あった時代で,僕なんか救われていたんです。教科書の余白に漫画を描いたりしていたんですが,僕の先生はそこにも丸をくれた。そういう大人の余裕が子どもを伸ばすんじゃないかな。

彫刻ワークショップのお話が出ましたが,そのときに子どもたちにどのようなお話をされるんですか。

澄川喜一

 とにかく「何でもいいからやってごらん」と話します。彫刻のやり方はちょっと説明するけれど,あとは自由にさせます。いきなり自由にさせると,なかなかできない子もいるけど,作業中に僕が「うまくいってる!」って褒めると,楽しみながら作業をして面白い作品を作るんですよ。
 そのワークショップで僕が担当したのは5・6年生でした。0.5mmのアルミの板を金切りハサミを使って自分で切るんですが,これは紙を切るより難しい。でも,切るのがうまくいくようになると,子どもたちはものすごく面白がります。そういう作業は危ないからやらないことが増えていますが,実際にやらせてみれば,みんな楽しんで,ものすごくうまくなる。だから,物事は何でも実際にやらせてみた方がいいと僕は思います。

最後に,子どもたちがもっと美術に興味・関心をもつようになるヒントを教えてください。

京都の太秦の広隆寺に,弥勒菩薩半跏思惟像という綺麗な仏像があるでしょう。日本で最初に認定された国宝です。あれはどこでできたと思いますか? 多分,韓国ですよ。あの仏像は,アカマツという松を材料にしていることから,韓国で造られたと考えられています。つまり,日本には韓国から文化が来ているんです。そういう外国との繋がりも,美術を通して教えれば,子どもたちも美術により興味・関心をもつようになると思います。
 他にも,東大寺の正倉院にはガラスの工芸品などがあるんですが,それらはシルクロードのはるか西,ペルシャなどから来ています。それも,すべて人が運んできている。子どもたちがそれを知ると,「へぇーっ」と思うでしょう。そして,「どうして日本に来たのかな?」なんて話し合ったら,子どもたちはきっと楽しいでしょうね。美術の先生や歴史の先生が面白い話をしてくれれば,子どもたちの興味関心はどんどん深まり,美術の世界が広がっていくと思います。
 だから,先生がいろいろなロマンを含めて,子どもに教えればいいんじゃないかと思います。そうすることで,子どもたちが楽しく,興味・関心を深めながら勉強できるのではないでしょうか。そして,深く興味・関心をもって学んだことは,本当に子どもたちの身に付き,将来の役に立ちます。子どもたちが一つでも多くのことに関心をもって,それに夢中になりながら育ってくれればと願っています。
 そして,世界観を広めた上で,日本人としての誇りをもってほしいものです。

澄川喜一[すみかわ・きいち]

澄川喜一

1931年島根県生まれ。彫刻家。東京藝術大学名誉教授。東京藝術大学彫刻科卒業,同大専攻科修了。1995年から2001年まで東京藝術大学学長を務める。主な作品に「カッターフェイス」(東京湾アクアライン海ほたる),「青春交響の塔」(下関あるかぽ~と)など。1998年紫綬褒章受章,2003年日本芸術院賞・恩賜賞受賞。04年日本芸術院会員に就任。08年文化功労者,09年NHK放送文化賞受賞など。光村図書中学校・高等学校『美術』教科書の著作者を務める。