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2011年冬 米倉斉加年 「本当の自分の人生を歩く」

平成24年度版中学校『国語』教科書1年に掲載されている「大人になれなかった弟たちに……」の作者であり,俳優・演出家・絵本作家である米倉斉加年さんに,創作の原点となっていること,子どもたちに大切に思ってほしいことについてお話しいただきました。

Story3 世界に一つしかない,本当の個性とは

講演などで子どもたちと接したり,手紙をもらったりする中で,何かお感じになることはありますか。
米倉斉加年

 子どもたちは,僕を慰めてくれるんです。「目線」ということで考えれば,かわいそうな時代に生きた僕や弟を上から見て言っているんだと思う。だから,「かわいそう。そういう時代に生きていたんだから,弟のミルクを飲むのもしかたないよ」という慰め方です。
 だけど,以前イタリアに行ったときに,はっとしたことがありました。イタリアの子どもたちは僕に,「わたしでもそうする」と言ったんです。「そんなに気にすることはない。わたしでも,そういう立場に置かれたら弟のミルクを飲むでしょう」と。こういう言葉は,日本ではあまり聞いたことがなかった。
 日本とイタリア,かけられた言葉はかなり違います。戦争の受け止め方が違うのかもしれませんが,「かわいそう」とか「しかたない」という言葉には「わたし」が入っていないように感じます。自分とは別の対象として,気の毒に思っている。自分のおじいさんやおばあさん,さらに前の世代の人たちがその時代に生きていたという「つながり」を感じられず,自分がその立場だったらどうなのか,と考えにくい時代になっているのかもしれません。
 でも,僕が講演に行くと,子どもたちは本当によく聞いてくれる。「大人になれなかった弟たちに・・・・・・」の感想文は,みんなほとんど同じことが書かれているんだけど,僕の話を聞いて書いてくれた感想文は,みんな違うんです。なぜだと思いますか。きっと,教室での学習後に書かれるものではなくて,僕の話をダイレクトに受け止めて書いてくれる感想文だからだと思うんです。みんな違うからおもしろいんです。

子どもたちはどんなことを書いているのでしょうか。
米倉斉加年

 僕の話を聞いて,こんなことを書いている子がいました。「こんなおもしろい話をしているのに,寝ているやつの気が知れない。大人が学校に来て,『勉強するな,立派な人間になるな』と言うとは思わなかった。」と。僕はこの文章にぶつかったとき,本当に涙が出そうになった。かわいそうに,朝から晩まで「勉強しろ,勉強しろ」と言われているんだろうね。それから,こんなものもありました。「米倉さんの言うとおりにすると出世できないから,勉強したほうがいい。」という。これを読んで安心しました。僕は何をしゃべってもいいんだと。
 僕は,子どもたちに話をするときは,1時間半,必死になって,「勉強するな,立派な人間になるな」と言って帰ってくるんです。以前,母校に行ったときには,「君らは,なんで悪いことを一生懸命にやらないのか。一生懸命にやればくだらないということがわかるのに,中途半端にやるからわからない。立派なことでも,一生懸命にやったらくだらないことだと気づくかもしれない。どっちにしても,一生懸命にやりなさい」と話しました。

米倉さんは,相手の心を開かせるものをもっておられるように感じます。

 それは,僕がいわゆる「負け組」だからですよ。「負け組」「勝ち組」の世の中では,その「組」にいる人の気持ちは,同じ「組」の人にしかわからない。僕は負け組だから,同じようにいづらい思いをしている人の気持ちがわかるんだと思う。残念なことだけど,これは学んでできることではありません。本当は,そういう枠組みを作る世の中がおかしいんです。だから,それに負けないでほしいと言いたい。
 字が汚い,テストの点数が悪いというだけで,はみ出し者のように見られる子たちに,僕はかぎりない愛着を感じるんです。ある中学校に行って話をしたときに,「学校が好きか?」と尋ねても返事をしない子がいました。下を向いて,絶対に顔を合わせようとしない。近づいていって尋ねても,返事をしない。それで,「成績は?」と問いかけたら,「1ばかり」と答えたんですよ。僕が「1番か,おまえ」と言うと,ぱっと顔を上げたんです。それで首を振る。だから,「どうして?」と言うと,「うちの学校は5がいちばんいい」と答えるんです。僕は言いましたよ。「ばか言え。運動会で走ったら,1番がいいに決まってるじゃないか」と。そうしたら,みんな,だんだん訳がわからなくなってきたという顔をしていた。後で,先生から,「1と2の子どもが,たいへん自信をもつようになりました」というお礼状をいただきました(笑)。

このたびの東日本大震災で被災した子どもたちのために,小社で「明日へ」というメッセージ集を作成した折には,米倉さんにも子どもたちへの言葉をいただきました。今,子どもたちに大切にしてもらいたいと思うのはどんなことですか。
米倉斉加年

 今の子どもたちには,やりたいことってあまりないのかもしれませんが,「失敗を恐れちゃいかん」ということを言いたいです。失敗をしないために人生はあるんじゃない。失敗しても,何かをすることのほうが大事なんです。失敗しないで成功した人は一人もいない。したいことをしようとして,できなかったからこそ,本当に次にできることを見つけられる。一歩踏み出して,倒れても,またもう一歩踏み出せば,少しずつ前に行けるんです。
 それからもう一つ。母校に行ったとき,子どもたちに「おまえの長所はなんだ」と尋ねたことがあるんです。子どもたちは何かしら答えたけれど,僕は「それぐらいの長所はみんなもっていて,長所とは言わない。おまえしかもっていない真の長所は,欠点だと言われる短所だ。人が欠点と言い,自分も欠点と思っているのが,世界に一つしかない,本当の個性だ」という話をした。
 みんなが短所だと言い,自分が短所だと思っていることこそ,本当の自分自身なのではないでしょうか。それを見つめて,大事に伸ばしていくことは,本当の自分の人生を歩くこと。一人一人が違うからこそ,大きな力になるんです。だから,自分自身をしっかり見つめてほしい。
 これは俳優になって初めてわかったことなんです。僕は声が悪い。それは自他ともに認めることです。でも,ラジオの仕事が多いので,あるときラジオの演出の方に尋ねたんです。「なぜ僕を使うのですか?」と。すると,「米倉くんの声は一度聞いたら忘れない。100人の声を聞いても,君の声だけはわかる」という答えが返ってきました。欠点というのは個性なんです。でも,磨き,鍛えなければ個性にはなりません。原石ですから。欠点を磨き,それと付き合い,それにこだわっていれば,いつか人間性となって光ってくるんじゃないかなと思うんです。

声高らかに〈希望〉をもって〈生きる〉ことを語ろう

 言葉がありません。
 東日本大震災で被災した子どもたちへの応援のメッセージをと依頼があったとき,わたしはためらわずに「はい。」と承諾した。
 しかしペンをにぎっても言葉がない。あなたたちの中にも愛する父を母を兄弟を,おじいちゃんおばあちゃんをなくした,たくさんの人たちがいるでしょう。多くの人たちが愛する人をなくされました。その大きな深い悲しみと絶望を,おおい包む言葉をわたしはもち合わせていません。あなたたちを,どうはげましたらいいのか,どうなぐさめたらいいのか——。
 すべてをなくした人たちに〈希望〉をあたえる言葉をわたしはもたない。
 そのとき,テレビで被災者の青年が語った。「今度の大津波では,いい人間がたくさん死んだ。多くの人たちを助けて,自分は死んでいった——。助けられ生き残ったわたしたちは,すてきな人生を生きなければ,なくなった人たちに申し訳ない。わたしたちは死んだ人たちの分も生きなければならない。」こんなことをである。
 わたしは初めて納得した。今まで外から被災者をはげます言葉をたくさん聞いていたが,心にひびいてこなかった,が,青年の目のかがやきを見ていると納得した。避難所からの発信の中に真の言葉があった。生きる言葉は被災者の中から生まれてくるのだ。
 それを証明するように,テレビの画面にあなたたちを見た。母校が避難所となった中学生たちが先頭に立って働いていた。
 あなたたちの笑顔は,がれきの荒野にさいた花だ。あなたたちの明るい声は心をいやす音楽だ。手を差しのべ助けなければならないわたしが,あなたたちに救われ教えられる。
 この大災害から立ち直る原動力になるのはあなたたちだ。ふるさとを復興できるのはあなたたちだ。大震災でなくなった多くの人たちがあなたたちの中に生きているのです。
 あなたたちが元気に生きることが,ふるさと復興の第一歩です。その第一歩は,ひいては新しい日本をつくり,世界の平和へとつながる。
 今,声高らかに〈希望〉をもって〈生きる〉ことを語ることができるのはあなたたちをおいてはいない。
 明けない夜はない,必ず朝は来る。

(「国語教育相談室[臨時号] 『明日へ』」より)

米倉斉加年[よねくら・まさかね]

米倉斉加年

福岡県生まれ。俳優・演出家・絵本作家。1957年,劇団民藝水品演劇研究所に入り,舞台・映画・テレビなど多方面で活躍。 2000年に劇団民藝を退団。2007年,劇団「海流座」を旗揚げし,全国各地で公演を行っている。また,絵本作家としても活躍。『おとなになれなかった弟たちに…』(偕成社)は,1987年より20年以上もの間,光村の中学校『国語』教科書に掲載されている。2014年逝去。