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2012年秋 小久保英一郎 「研究は知的な探検」

平成24年度版中学校『国語』教科書3年に掲載されている「月の起源を探る」の筆者である,理論天文学者の小久保英一郎さんにお話をお聞きしました。

Story1 「理論」の天文学とは

「理論天文学」とは,どのような学問なのでしょうか。

 天文学といってまず思い浮かぶのは,望遠鏡を使って空を見ることだと思います。それはもちろん基本にあって,今でもやはり,宇宙を見る,つまり,天体を観測するということは続けられています。これは「観測」の天文学ですね。観測するという方法を通して,宇宙を理解しようとするものです。

 それとは別に,すでに確立しているさまざまな物理学の知識を使って,観測される天体や観測できない天体を理論的に解明していく方法があります。これが,「理論」の天文学です。僕は,この理論天文学の中でも,コンピュータによるシミュレーション(模擬実験)を用いた研究を主に行っています。

小久保英一郎
大きく捉えると,宇宙の仕組みの説明をつけていくことだといえそうですね。

 そうですね。「なぜそうなっているか」ということを解き明かしていきます。僕らは,宇宙というもの,そして宇宙で起きていることを理解したいと思っています。理解するというのは,今わかっている物理法則で説明するということです。それが,天文学が目ざすゴールなのです。

 例えば,変わった色で光っている不思議な星があるとします。まず,観測によって,その変わった色がわかります。それで,「こんな現象が起きているからこういう色になるんだ」といったことを物理学で説明できたとすれば,それがこの研究のゴール。宇宙を解明するっていうのは,「僕らが知っている物理法則を使って読み解く」ということなんです。

 そして,できればその説明のつけ方は,ある一つの星にしか当てはまらないのではなく,他の星にも適用できる普遍性があればなおいい。宇宙に関する,より広く一般的な理解を求めているのです。

小久保英一郎
「観測」と「理論」というのは,お互いに影響し合っているように思えます。

 そうです。宇宙を理解しようとするとき,まずは観測をする場合が多い。それから,そこで何が起きているかを物理的に理論で解き明かそうとする。あるいは逆に,理論で考えて起きうるはずのことを,観測で探すということもあります。ですから,「観測」と「理論」は,双方に刺激し合っているという関係です。お互いにやり取りをして,天文学の両輪となって宇宙の理解を進めていくのです。

小久保さんは,理論天文学者になるまでに,どんな道のりをたどって来られたのでしょうか。
小久保英一郎

 小学校低学年の頃は,虫や魚や恐竜など,いわゆる「小学生男子」が夢中になる王道のものが好きな子どもでしたね。

 それから,家の近くに遺跡があったので,よく遊びに行っては,日が暮れるまで歩き回って,土器や石器のかけら,矢尻なんかを見つけていました。見つけると本当にうれしくて。それで,家に帰ったら,本で調べて自分で分類をしてみる。きっと,今でいう,「おたく」だったかもしれませんね(笑)。
 星もよく見ていました。晴れれば天の川の見える空でした。そして,小学校高学年ぐらいから漠然と,自然を相手にする学者になりたいと思うようになりました。

 学者といっても,憧れていたのは,探検隊に同行するような学者です。当時,世界のさまざまな辺境の地へ出かけていく,探検もののテレビ番組をよく見ていました。その影響で,探検する先々で謎の遺跡や未知の洞窟などを調べ,新しい発見をするような科学者になれたらと,ずっと思っていました。「探検」ということに心ひかれていたんです。

大学では,理科系に進まれていますね。

 はい。大学は,入学するときに学科を決めなくてもいいという点が気に入って,東京大学を選びました。理科系に進んだのは,漠然と,好きな自然科学やコンピュータ関係のことをしたいと思っていたからです。考古学も自然科学だと思っていましたし。

 1年間,浪人をして入試に受かったので,うれしくて,入学してからしばらくは遊んでいましたね。そのうちに,スクーバダイビングに出会って,海に潜るようになりました。伊豆半島や伊豆七島,奄美や沖縄などに行って,海に潜り,海中を見るわけです。海の中はすごくきれいで,生き物がたくさんいて感動して——。海がどんどん好きになり,海,そして海をもつ地球という惑星をもっと知りたいと思うようになりました。「なぜ地球はこのようになったのか」,それが今の研究分野につながっています。

海との出会いは大きかったようですね。
小久保英一郎

 大きいです。今の僕の人格形成や行動原理にかなり影響していると思います。海に潜り始めて,「海の師匠」といえる人に出会い,その人といっしょに世界中の海へ行き,いろいろなものを見て,いろいろな人に会って——それで今の自分の大事な部分ができてきたという気がします。

 それから,海に出ると,地球や月を体で感じられるんです。学生時代はお金がなく,どこかの島へダイビングをしに行くときは,たいてい浜辺にテントを張ってキャンプをしていました。夏は,テント内は暑いので,砂浜で寝ることもありました。そうすると,寝ているうちにだんだん潮が満ちてきて寝袋がぬれるというような,漫画みたいなことが本当に起こるんです。「わ,潮が満ちてきた!」と思って空を見上げると,月が上っている。月で潮が動いているっていうことを感じさせられる体験です。また,海にいれば,大潮や小潮の違いもよくわかるし,そこでも地球—月—太陽の動きを意識させられます。

 さらに,魚やサンゴやカニなど,月のリズムで生きている生き物がいます。月は生き物の近くにいるんだなあと思うようになりました。

小久保英一郎[こくぼ・えいいちろう]

小久保英一郎

1968年,宮城県生まれ。理論天文学者。東京大学大学院総合文化研究科博士課程を修了。国立天文台理論研究部教授。1998年,「原始惑星の寡占的成長」理論で注目を集める。2000年には,スーパーコンピュータを活用し,月が46億年前に,約1か月かけて形成された過程を明らかにする。趣味はスクーバダイビング,文化財(遺跡,寺社,祭り)探訪など。著書に『一億個の地球』(共著),『宇宙と生命の起源』(共編著)など。日本惑星科学会最優秀研究者賞,文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞。

Photo: Shunsuke Suzuki