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2012年秋 小久保英一郎 「研究は知的な探検」

平成24年度版中学校『国語』教科書3年に掲載されている「月の起源を探る」の筆者である,理論天文学者の小久保英一郎さんにお話をお聞きしました。

Story2 不思議な天体・月

「月の起源を探る」で挙げられている,「分裂説」「共成長説」「捕獲説」という三つの仮説は,いつごろから提唱されてきたものなのでしょうか。

 分裂説と共成長説は遅くとも19世紀末には議論されています。捕獲説も20世紀初頭には提案されています。
 これだけ身近な天体なので,どのようにしてできたのか,みんな不思議に思っていたのでしょう。もちろん,いつも当たり前のようにそこにあるから,不思議に思わない人もいるかもしれない。でも,何かふとした瞬間に,「やっぱり不思議だなあ」と思うことがあるのではないでしょうか。

分裂説に関して,形成されたばかりの地球の自転が,月が分裂するほどには高速にならないということは,どのようにしてわかったのでしょうか。

 これは,わりと最近,確かめられたことです。教科書の文章でも触れていますが,太陽系形成の過程では,小さな塵(ちり)の粒子が集まって微惑星となり,その微惑星どうしが衝突,合体し,原始惑星ができます。そして最終的に原始惑星どうしが衝突,合体して地球が生まれます。自転は原始惑星の衝突によって生じるのですが,最大でどのぐらいの自転速度が得られるかということは計算できるんです。それで,その結果から,月が分裂するのに必要とされる約2時間以下の自転周期にはならないということがわかりました。僕らの計算によれば,短くても3時間強から4時間ぐらいと考えられます。2時間以下になることはまずないだろうということがいえるんです。
 アポロ計画など,現代科学としての月の起源の研究が始まり,月の質量,平均密度,重力場といったさまざまなことが詳しくわかってくるにつれて,それまで提唱されていたシナリオの問題点が明らかになってきたといえます。

「最も有力な仮説」である「巨大衝突説」が,「定説」と呼べるようになるには何が必要なのでしょうか。

 実は,巨大衝突説でもまだ説明できないことがあるんですよ。例えば——標準的な巨大衝突説では,ぶつかってきた小さいほうの天体の破片が,地球の周りに散らばるものと考えられています。地球が壊れ,その破片が散らばるのではなく,主にぶつかってきた天体の破片によって月ができるんです。

小久保英一郎

 でも,今,月と地球の岩石の中に含まれる酸素の同位体の比率を調べると,両者はとてもよく似ている。月と地球が,同じものでできていると考えなければならないぐらいにそっくりなんです。ぶつかってきたほうの天体は,別のところでできた原始惑星であるはずなので,それと地球の成分がほぼ同じである確率はかなり低いはずです。ぶつかってきた天体のほうから月ができるとして組み立てられている,今の巨大衝突説では,説明がつかない点です。
 もしかすると,衝突後のある段階で地球と月の物質が混ざり合ったとか,実は地球から多くの破片が飛び出したとかいったようなことが起きたのかもしれませんが,今はまだよくわかりません。これが,今,一番の問題点ですね。

解明されるようになるときが来るのでしょうか。

 まさに今,僕らも考えているところなんです。これまでに得られているのは,自転をしていない地球に,自転をしていない原始惑星をぶつけたときの,破片の散らばり方を計算した結果です。でも,今は,自転をしている地球に,自転をしている原始惑星がぶつかってきた場合のシミュレーションが始められています。この場合なら,地球から多くの破片が飛び散るかもしれません。
 もしこれでうまくいけば,一つの問題が解決して,巨大衝突説がまた一つ,もっともらしくなる。ただ,「絶対にこれが定説」というのは,永遠にいえないと思いますよ。なぜなら,地球は当時の記憶(痕跡)を失っているからです。衝突で発生する熱により,地球はどろどろに溶けてしまうので,ぶつかったときの傷跡みたいなものはすべて消えてしまっているんです。
 月も同じです。破片が集まって合体して大きくなっていくときには熱くなるので,溶けて,昔のことを全部忘れてしまっているんですね。

 研究者によっては,ぶつかってきた原始惑星の大きな塊が,地球の中心部にある核のところに残っているのではと考える人もいます。それが見つかれば,巨大衝突説の証拠となるのではと——。でも,混ざってしまっていたら,痕跡を見つけるのは難しいかもしれませんね。
 このように道は遠いけど,まだだれも知らないことを自分が最初に知ることの喜びやわくわくする感じがあって,きっとそれが好きだから,研究を続けているのだと思います。

小久保英一郎
編集部から,教科書への書きおろしの依頼があったときには,どう思われましたか。

 お話をいただいたときは,理科ではなく国語の教科書ということにまずびっくりしました。「えっ,僕で大丈夫?」と(笑)。
 中学生にわかるような説明の文章にするために,いろいろと苦労しました。例えば,この文章には,まとまりごとに小見出しが付いているでしょう。これは論文の形式です。その章に書かれている内容が端的に把握できるよう,論文では章題を付けるのが普通です。でも,これまで教科書ではそういう文章をあまり扱っていなかったと聞き,それが意外でしたね。読みやすく,わかりやすい文章であるために,小見出しは絶対に必要だと思いました。
 それから,この文章では図も重要です。編集部と何度もやり取りしながら,そのような点を検討し,教科書に掲載されている形に仕上げていきました。だから,これまでにないような種類の文章になっているかもしれませんね。

この文章を学習する中学生に向け,どんな思いを込めて書かれたのでしょうか。
小久保英一郎

 そうですね——最後の一文(教科書P48)にあることを思っていたような気がします。この文章を読んで,あらためて月を見上げてほしいなと。月を見て,月がこのように生まれたということ,そしてそれを研究している人がいるのだと,思い出してもらえたらうれしく思います。

 僕は今でもやはり,月があることが不思議だと思っています。自分で研究しているのにおかしいかもしれませんが,「本当にこんなことが起きたの?」って思うことがあります。何度も言いますが,月は不思議な衛星ですよ。

小久保英一郎[こくぼ・えいいちろう]

小久保英一郎

1968年,宮城県生まれ。理論天文学者。東京大学大学院総合文化研究科博士課程を修了。国立天文台理論研究部教授。1998年,「原始惑星の寡占的成長」理論で注目を集める。2000年には,スーパーコンピュータを活用し,月が46億年前に,約1か月かけて形成された過程を明らかにする。趣味はスクーバダイビング,文化財(遺跡,寺社,祭り)探訪など。著書に『一億個の地球』(共著),『宇宙と生命の起源』(共編著)など。日本惑星科学会最優秀研究者賞,文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞。

Photo: Shunsuke Suzuki