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2012年春 木下史青 「博物館へようこそ」

平成24年度版中学校『国語』教科書3年に掲載されている「光で見せる展示デザイン」の筆者で,東京国立博物館デザイン室長の木下史青さんにお話を伺いました。

Story1 「展示デザイナー」の仕事

――木下さんがされている「展示デザイン」とは,どのようなお仕事でしょうか。

木下 史青(展示デザイナー)

僕の仕事は,博物館の役割である文化財の収集・保管・研究・展示・普及などのうち,展示をデザインすることです。つまり,美術品や考古遺物など,博物館にあるさまざまな文化財である「モノ」を見せる仕事といえます。

ただ,僕が勝手にデザインするのではありません。博物館には,文化財の専門の研究員がいます。研究員の頭の中には,その「モノ」のおもしろさを「こんなふうに伝えたい」というイメージがあるわけです。でも,「モノ」の見せ方,つまり,「どういうふうに展示したら,お客様にとってわかりやすいか」ということについては,専門ではありません。そこで,僕のような「展示デザイナー」が,研究員の頭の中にあるイメージを具現化するお手伝いをしているんです。具体的には,どんな展示ケースにするか,どんな照明を当ててどのように見せるかなど,お客様によりわかりやすく伝わる展示にするための相談をしながら会場づくりをしていきます。そこでは,もちろん「モノ」の状態を損ねないように保つための「保存」の専門家との協力も欠かせませんね。

――文化財専門の研究員から聞いた,「モノ」のおもしろい部分が伝わるように見せ方を考える役目ということでしょうか。

そうですね。例えば,仏像を拝んで,心が穏やかになったり,絵を見て楽しい気持ちになったりするのは,よくあることでしょう。それは,それなりに楽しみ方がわかっているのではないかと思います。でも,どう考えても見方・楽しみ方がわからない「モノ」も,世の中にはたくさんありますよね。
今,僕らの世代でも,お座敷に入ったときのお作法や,お茶のいただき方,書の見方などがわからない人は多いのではないでしょうか。さらにいうと,ふすまの絵や床の間の掛軸の楽しみ方,お茶碗のよさなど,今の日本人には,よくわからなくなってしまった「モノ」がたくさんあります。

どのように見たらいいかわからない「モノ」に,少しでも知的好奇心がわいてくるようなデザインをするのが,僕の仕事なんだと思っています。例えば,考古の展示にある古墳時代の銅剣や銅矛は,儀式のために作られたものだといわれていますが,急に目の前に出されても,どのように見て,何を楽しんだらいいかわかりませんよね。しかし,美しさは,確かにあります。僕らと同じ人間が,大昔に一生懸命作った痕跡や,現代の技術をもってしても,とてもかなわないような作りになっていることが見て取れると,よくわからないなりに「美しい」と思う気持ちは芽生えてきます。そういう,よくわかっていないことの中にもあるはずの魅力も含めて伝えていこうと,「学芸」の専門家,「保存」の専門家,「展示デザイン」の専門家が三位一体となって考えています。
近年では,展覧会だけにとどまらず,博物館全体のイベントをみんなで企画することにも力を入れています。

――博物館全体のイベントには,どのようなものがあるのですか。

例えば,「博物館に初もうで」(2003年より毎年開催)というものがあります。お正月の1月2日から開館し,干支にちなんだ特別展示や新春の「いけばな」の展示,新春イベント(和太鼓の演奏や獅子舞など)などを行い,来館者に日本のお正月を味わってもらうというものです。館全体で協力しながら企画を進め,博物館としては人出が少なくなるはずのお正月の時期ですが,このイベントのために多くのお客様に来ていただいています。
また,「博物館でお花見を」というものもあります。庭園でソメイヨシノ,オオシマザクラをはじめとした10種類以上の桜をめで,館内では桜にちなんだ作品を楽しむことができるという,世界一贅沢な「お花見」です。こちらは2008年から始めて,上野公園の人混みの中ではなく,静かな空間でお花見を満喫することができるので人気になっています。

このようなイベントへの取り組みが行われるようになったのは,博物館全体に「全員で盛り上げていこう」という流れができてきたからだと思います。

――そうした流れは,いつごろからできてきたのでしょうか。

大きな転機となったのは,やはり2001年の「独立行政法人化」だといえるでしょう。この行政改革により,東京国立博物館は国の組織から独立して独立行政法人となり,それまでよりもいっそう無駄をなくし,効率よくサービスを拡大することを目ざすようになりました。さらに,社会の情報化により,博物館で扱う「モノ」が,多くの人にとって「テレビやインターネットで見たことのあるもの」に変わってきたことも手伝って,職員の意識が「お客様のための博物館」という方向に向いていくようになったんです。それで,親子連れでふらっと立ち寄れる街の図書館のように,博物館は,もっと親しみやすい施設に変わらなければならないという考え方が定着しました。

木下 史青(展示デザイナー)

木下さんが展示デザインを担当した「本館特別第5室」の「仏像の道」展示室(2007~2011年)

そのいっぽうで,東京国立博物館の常設展である「総合文化展」をもっと活性化していこうという声が,館の内部から上がるようになってきました。特別展会期中の入館者数は,多いときには1日2万人にも上ることがあります。でも,みなさんは特別展が目当てなので,会期が終わるととたんに入館者数が落ちてしまいます。教科書に登場するような作品を数多く含むコレクションを,いつ訪れても必ず見ることができるのは「総合文化展」です。それを充実させ,東京国立博物館本来のもつ魅力をお客様に伝えることが重要なのだということです。そうした社会的な背景と館内部の気運が重なり,スタッフ全員が,自分の専門分野だけでなく,博物館全体のことを考えた仕事をするようになってきたんだと思います。

こうして,さまざまな分野のスタッフが協力して,先ほど挙げたようなイベントや展示を行うようになったのですが,そうなると分野の違うスタッフどうしの間に入ったり,年間のスケジュールを立てたりするような「調整」を図る役目の人が,より必要になってきます。その調整役を担っているのが,実は「デザイン室」なんです。

僕が東京国立博物館で働くようになったのは1998年。当時は「展示調整室」と呼ばれていた「デザイン室」が,今のような形で設置されたのは2003年のことです。博物館全体の企画を把握し,専門家どうしの間に入りながら,館全体の見せ方を工夫することが求められているのです。デザイン専門のスタッフも徐々に増えており,日々,「お客様目線」で,博物館全体の見せ方を考えながらデザインの仕事をしています。以前は珍しい存在だった「展示デザイナー」という仕事ですが,最近では他の美術館や博物館でも増えてきているようです。

――博物館は,随分と進化してきているなという印象を受けました。

そうですね。長く続く歴史があって今日のように変わってきたといえます。東京国立博物館を例に,その歴史について少しお話しすると,この博物館はもともと,1872(明治5)年,東京・湯島聖堂の大成殿で開かれた「博覧会」からスタートしたものなんです。このときの展示の目玉となったのは,名古屋城天守閣の「金のシャチホコ」だったという記録が残っています。
このころの展示の考え方は,「大きいものでびっくりさせよう」「珍しいものを並べよう」「精巧でよくできているもので感心させよう」という,「見せ物」のようなものが主だったようです。珍しい動物を連れてきて置いた国もあったほどですから。

初めはそのように珍品・奇品を見せる場だったのですが,徐々に,そういった品を時間が経っても風化・劣化しないように保存することが求められるようになりました。動物であれば,はく製を作るというように。つまり,人間が大自然の中で生まれ,さまざまに創作物を生み出してきたという歴史を残し,伝える場が必要とされたということです。そうして生まれたのが博物館なんだと思います。
ですから,先人が残した多くの「モノ」の中に存在する「美」を伝え,「美」を感じられる「空間」を作り出すというのが,今の博物館の役割であり,「展示デザイナー」の仕事だと,僕は捉えています。

――展示する「モノ」は,生まれた時代や場所の空気感もいっしょに再現するのでしょうか。

木下 史青(展示デザイナー)

何をどこまで再現するのかは,それをどこで展示するかによって違ってきます。例えば,東京国立博物館には,東洋館という展示館があって,そこでは古代エジプトからシルクロードをたどって中国,朝鮮半島,それから東南アジアの「モノ」も展示しています。これらの地域の中には,日本人が一生のうちに行くことのない場所もたくさんあると思います。そういう地域の「モノ」は,ある程度,時代や場所のイメージを膨らませるような空間の再現が必要かもしれません。しかし,例えば,日本のお寺の仏像を展示する際には,わざわざお寺の空間を再現しなくても,日本人にとって十分伝わるものがあると思うんです。

先ほど「美」を感じられる「空間」と言ったのは,そういう意味ではないんです。コンサートホール,美術館,図書館などと同じように,博物館も,都市の機能の一つです。都市生活を送るなかでの「楽しむ場所」として博物館があるので,そういう,みんなが味わい楽しむ場所,つまり「空間」であるという意識から口にしたんです。その意味での空間づくりであるということを大切にしたいです。


木下 史青 [きのした・しせい]

1965年,東京都生まれ。展示・照明・環境デザイナー。東京藝術大学大学院美術研究科修士課程環境造形デザイン専攻修了。現在,独立行政法人国立文化財機構 東京国立博物館 デザイン室長。愛知県立芸術大学デザイン科・東京藝術大学デザイン科などで非常勤講師を務める。1998年,日本で初めての博物館専属の展示デザイナーとして採用され,数々の企画展の展示デザインを手がける。2004年,「東京国立博物館 本館 日本ギャラリー リニューアル」で,平常展示のリニューアルデザインを担当し,平成18年度日本デザイン学会年間作品賞を受賞。著書に『博物館へ行こう』(岩波書店),共著書に『昭和初期の博物館建築』(東海大学出版会)がある。