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2012年春 木下史青 「博物館へようこそ」

平成24年度版中学校『国語』教科書3年に掲載されている「光で見せる展示デザイン」の筆者で,東京国立博物館デザイン室長の木下史青さんにお話を伺いました。

Story2 光で見せる展示デザイン

――平成24年度版中学校『国語』教科書3年,「光で見せる展示デザイン」の中で,「モノ」の「見せ方」と「見え方」について最も考えさせられた展覧会として,「プライスコレクション 若冲と江戸絵画展」(2006年開催)を挙げていますね。

この展覧会は,アメリカ人の日本絵画コレクター,ジョー・プライスさんが収集した江戸時代の画家の絵,約100点を展示したものです。
プライスさんは,美術史などの専門的な学問を修められたわけではないし,画中にある日本の文字を読むこともできないそうなんです。ただ自分自身の絵に対する観察力だけを決め手にして,「本物」の絵を見極めています。事実,それとは気づかずに,若冲の絵を10点ほどもコレクションしていたという話ですからね。

彼の家には,絵を鑑賞するためだけの部屋があるというのですから,まさに信念の人ですね。それで,教科書の文章にも書きましたが,

  • 金屏風は,横方向からの光で,光量を絞るほど魅力が輝いてくる。
  • 銀の屏風は,より強い光を与えたほうがよい。
  • 動く光によって光の色味が変化することで,濃淡が逆転し,絵の表情が移り変わる。

などというように,絵を見るときの光についても,たいへんこだわりをもち続けている人なんです。

――プライスさんのその光に対するこだわりをどのように再現するかは,展覧会の企画段階ですでに具体的にイメージされていたのでしょうか。

木下 史青(展示デザイナー)

展覧会の企画が決まり,東京国立博物館の絵画の専門研究員である田沢さんとともに,プライスさんの住むロサンゼルスへ話を聞きに行きました。それが2005年です。そこで彼の話を聞くまでは,僕の中に具体的な展示のイメージは,全くありませんでした。

彼の家を訪ね,先ほどお話しした,絵を鑑賞するためだけの部屋に入ると,そこには「扇面流図屏風(せんめんながしずびょうぶ)」(鈴木守一 筆)という名の屏風絵が展示されていて,そのみごとさには思わず息を飲みました。しかし,さらに驚いたのは「動く光」とともに千変万化し,表情を変えていく絵の印象。その鑑賞室には,自然光が入ってくる窓にシャッター式の雨戸や障子,ロールブラインドが取り付けられていて,コントローラーで光を自由に調整できる仕組みになっていたのです。プライスさんが,屏風に当たる自然光を調節すると,中の絵がまるで自然の中の風景のように「動いて」見えました。江戸時代のこの屏風の持ち主も,きっと光がたくさん入ってくる座敷にこれを広げて,同じような風景を見ていたのではないか,そんなふうに感じました。
プライスさんは,たくさんの絵を見せてくださりながら,僕に,「当時の作家たちは,この光の移ろいを意識して,この絵を描いたはずだ。だからそれを展覧会で再現してほしい」とリクエストされたのです。

――展覧会では,ガラスケースなしで展示したものもあったそうですね。

全てをガラスケースなしで展示したわけではなく,最後の屏風のコーナーでのみ試みました。プライスさんにリクエストされたことは,技術的には難しいものではありません。しかし,実現しようとすると,どうしてもガラスケースが妨げになってしまいます。
作品をガラスケースに入れないというのは,「作品保存」の観点からすれば,常識的にはありえないことです。そこで,保存環境をしっかりと整えたうえで,ガラスケースなしで展示するための会場デザインが大きな課題になったわけです。
その課題をクリアするために,まず文化財保存の専門家に相談し,会場内の風ができるだけ作品に当たらない展示台を設計しました。それから,僕がプライス邸で体験した,「動く光」とともに移ろいを見せる屏風の印象を再現するために,絵画の専門研究員や技術者と相談しながら,照明実験を何度も繰り返しました。

通常の展覧会では,お客様の多くが,ガラスケースに息がかかるほど近づいて,作品のディテールを見ようとするんです。ガラスケースなしの展示の場合は,お客様が誤って作品に触れてしまうおそれがあります。そのため,できるだけ作品とお客様との距離を確保するという点にも気を配り,会場をデザインする必要がありました。そのように,お客様が展示品に近づきすぎないような会場づくりに努めたのですが,不思議なことに,この展示に限っては,お客様は,どんどん作品から離れていきました。作品に釘付けになってその細部までを見るというよりも,作品から遠ざかってゆっくりと移り変わる光と絵の表情を楽しんでいるように見えました。お客様のそんな姿がとても印象的でした。

――そのような常識にとらわれない展示のしかたに踏み切ったのは,プライスさんのリクエストが,木下さんの中の価値観とどこか呼応したということもあったように思えますが……。

木下 史青(展示デザイナー)

それはありますね。大学時代の恩師に,日本の伝統的な数奇屋(※1)や座敷が,どのように光をとり入れていたかを,庭園との関係を考えながら研究していた先生がいらっしゃいました。先生はこれを,日本の環境デザインの一つの原点であるとして,金の障壁画(※2)や絵画は,そのような伝統的な家屋の中にとり入れられる光の下で生まれたとおっしゃっていました。プライスさんは,無意識のうちに,まさにこの日本の伝統的な光のとり入れ方を実践して絵を鑑賞していたのです。僕が大学の授業で教わったこととプライスさんが無意識のうちに実践していたことが,「日本の伝統的な原空間」という点で結び付いたんだと思います。

日本の伝統的な家屋の中では,光の移ろいとともに,屏風や襖絵を見るという楽しみ方があったということや,すばらしい日本美術がここにあるのだということを,日本の若者に伝えたい。そうしたプライスさんの思いが,彼とのさまざまな話の中からびしびしと伝わってきました。そんなプライスさんの情熱と僕が恩師から学んだこととが重なり合い,僕自身,この展示をぜひ実現したいと強く思ったのです。

数奇屋 茶室。茶席・勝手・水屋などを一棟に備えたもの。
障壁画 襖など,日本の住宅建築の一部に描かれる絵画。襖絵,壁貼付絵などのほか,天井画を含む。

――この「プライスコレクション 若冲と江戸絵画展」から得たことはありますか。

そうですね。「作品の所蔵者」と「研究員」と「展示デザイナー」,この三者が一体になると,よい展覧会になるということを意識するようになりました。「所蔵者」の,「モノ」に対する愛情,「研究員」の学芸的な研究,「展示デザイナー」による見せ方の工夫,そのどれか一つでも欠けると,お客様に伝わらない展覧会になってしまうんです。みんなが一つの方向を目ざすようでなければいけません。この展覧会,「国宝 平等院展」(2000年開催),それから「国宝 薬師寺展」(2008年開催)や「国宝 阿修羅展」(2009年開催)も,このチームワークがよくできていたと思います。

木下 史青(展示デザイナー)

「国宝 阿修羅展」のときにも,実は,いくつかの展示で「動く光」を取り入れてみました。阿修羅像にも,表情が変わっていくような照明を施そうとしたんです。でも,研究員より「作られてから1300年間,ずっと存在し続けているという『存在感』を示すような,『極めつけの光』を一つだけ作ってほしい」とリクエストがあり,見直しました。仏像には仏像を照らす光というのがあるし,江戸時代の屏風には,それにふさわしい光がある。そういう,見せる「モノ」に適した,過不足ない光をしっかり作らないと,よい展覧会にならないという思いもありますね。「プライスコレクション展」閉幕後に,プライスさんより僕あてにメッセージをいただきました。「『プライスコレクション 若冲と江戸絵画展』を,30万人ものお客様に見ていただけたのは,一つは,木下君の照明のおかげだと思っているよ。」と。これは,とてもうれしいものでした。プライスさんとの関係は,今でも続いています。こういう,所蔵者とのよい関係は,展覧会のできばえにも表れるものなんでしょうね。


木下史青[きのした・しせい]

1965年,東京都生まれ。展示・照明・環境デザイナー。東京藝術大学大学院美術研究科修士課程環境造形デザイン専攻修了。現在,独立行政法人国立文化財機構 東京国立博物館 デザイン室長。愛知県立芸術大学デザイン科・東京藝術大学デザイン科などで非常勤講師を務める。1998年,日本で初めての博物館専属の展示デザイナーとして採用され,数々の企画展の展示デザインを手がける。2004年,「東京国立博物館 本館 日本ギャラリー リニューアル」で,平常展示のリニューアルデザインを担当し,平成18年度日本デザイン学会年間作品賞を受賞。著書に『博物館へ行こう』(岩波書店),共著書に『昭和初期の博物館建築』(東海大学出版会)がある。