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2012年春 木下史青 「博物館へようこそ」

平成24年度版中学校『国語』教科書3年に掲載されている「光で見せる展示デザイン」の筆者で,東京国立博物館デザイン室長の木下史青さんにお話を伺いました。

Story3 自分の眼で,本物を見てほしい

――木下さんは,「展示デザイン」の世界に入ろうと思って,芸術系の大学に入学されたのですか。

木下 史青(展示デザイナー)

最初から展示デザインの仕事をしようと思っていたわけではないんです。高校時代は,成績があまりよくなくて,得意な教科が美術だけだったんです(笑)。それで,その得意な分野の中で,絵描きになるかもしれないし,彫刻家や建築家になるかもしれない,という可能性を残したまま東京藝術大学に入学しました。

大学では,インテリアデザインや,公園や景観のデザインといった,空間を作ることを研究する研究室に入ったんです。そして,そのいっぽう,「美術館や博物館が好きだ」という思いが,以前からずっと自分の中にありました。そんななか,大学3年生のときの海外旅行で訪れたドイツで,「グリュプトテーク」という博物館に出会いました。それはそれは,日本にはないような,すばらしい博物館です。それ以来,そんな博物館を日本にも作りたいと思う気持ちを強く抱くようになりました。そのとき,空間をデザインすることを仕事にしたいという思いと,美術館や博物館が好きだという思いが,結び付いたんでしょうね。自分がしたいのは,博物館の展示デザインという仕事なんだと,目ざす道が見えてきました。

でも,やりたいことがはっきりしたのはいいのですが,当時の日本には,美術館や博物館の展示をするという仕事があまりありませんでした。どうしようかなと思っているときに,大学の先輩であり,照明デザインのプロフェッショナルである面手薫(めんで・かおる)さんという方に出会ったことをきっかけに,照明デザインという世界を知ったんです。それで,まずはその分野を経験してみようという思いから,彼の照明デザイン事務所で働きながら,修行させてもらうことにしました。3年間の修行の後,自分の好きな博物館と,大学時代に学んだ空間・環境デザインと,面手薫さんのもとで学んだ照明デザインが,あるとき偶然,自分の中でつながり,「展示デザイン」という世界に足を踏み入れることになりました。

――今は東京国立博物館の扱う「モノ」を展示デザインされているわけですが,そのほかに,手がけてみたいと思うような分野はありますか。

現代美術の展示プランを考えてみたいですね。今,僕とよく情報交換をする相手に,東京・六本木の「森美術館」の展示デザイナーがいるんです。ある意味,ライバルで,刺激し合う仲です。彼らの扱う現代美術も,とてもおもしろい世界だとつねづね感じています。現代美術こそ,見方や楽しみ方のつかみにくいものだと思うので,それをお客様に楽しんでいただけるような展示デザインを考えることに挑戦してみたいんです。

それから,自然史の分野にも興味があります。パリの「国立自然史博物館」に「進化大陳列館」という展示館があります。展示されているのは,動物のはく製や骨格標本が主ですが,それが美術館のように美しいんですよ。自然史の解説だけにとどまらない,「自然の美しさ」を見せるような展示をデザインしてみたいという気持ちがあります。パリのあの博物館のように——。

木下 史青(展示デザイナー)

「国立自然史博物館」にある展示館,「進化大陳列館」。(写真:アフロ)

――現在,進行中の「展示デザイン」の仕事としては,どのようなものがありますか。

東京国立博物館には,2009年から耐震補強工事のために休館している,「東洋館」があります(2012年現在)。この「東洋館」は耐震工事とともに展示のリニューアルも行っているので,今はそのプロジェクトの仕事を主にしています。来年(2013年),1月2日のリニューアルオープンに向けて,今は予算を申請したり展示や照明のデザインを考えたりする日々です。時間をかけ,展示ケースや照明も全て入れ替えるので,エジプトからシルクロード,中国や朝鮮半島というアジアの美術を,ほかのどこにもないほどの規模で見ていただけるものになると思っています。アジアの美術品の魅力が凝縮された展示となるよう工夫するつもりです。
これはもちろん,僕だけで進めているのではなくて,デザイン室のスタッフ,さまざまな分野の研究員,文化財保存の専門家のみんなが協力し合って取り組んでいることです。また,教育・普及を担当するスタッフも。教育・普及という観点はたいへん重要です。どう伝えれば,その魅力をよりよく理解してもらえるかを考える際に欠かせないものですから。こんなふうに,今,全員が一丸となって進めているところです。

――教育・普及というお話がありましたが,今の子どもたちに伝えたいのはどんなことですか。

木下 史青(展示デザイナー)

第1回のインタビューでも触れた,社会の情報化ということに関わって思うことがあります。今日,放送・通信網などの発達により,いつでも,どこからでも情報にアクセスすることができるようになりました。わざわざ博物館に足を運ばなくても,インターネットなどを使って画像や映像を見ることができます。それから,近年では,重さや質感までを,本物と同じように再現できる3D技術も発達してきています。本物と全く同じ再現物を作り出すことができるということですね。

そういうバーチャルな時代にあっても,自分の眼で,じかに本物を見てほしいと思うんです。擬似体験は擬似体験でしかないんですから。社会科見学で東京国立博物館を訪れる中学生や高校生の中には,すぐ目の前に本物の美術品があるのに,それには目もくれずに携帯電話のディスプレイに夢中になっている姿を目にすることがあります。思わず,「せっかく博物館に来たんだから,目の前にある展示を見てよ」と言いたくなってしまいます。そうやって実際に体験して,その「モノ」が生み出された時代や場所に思いをはせることが,自分を見つめ直すことにもつながるんだと思います。ですから,大人も含めて,博物館で本物に向き合うという体験をぜひ楽しんでもらいたいですね。


木下 史青 [きのした・しせい]

1965年,東京都生まれ。展示・照明・環境デザイナー。東京藝術大学大学院美術研究科修士課程環境造形デザイン専攻修了。現在,独立行政法人国立文化財機構 東京国立博物館 デザイン室長。愛知県立芸術大学デザイン科・東京藝術大学デザイン科などで非常勤講師を務める。1998年,日本で初めての博物館専属の展示デザイナーとして採用され,数々の企画展の展示デザインを手がける。2004年,「東京国立博物館 本館 日本ギャラリー リニューアル」で,平常展示のリニューアルデザインを担当し,平成18年度日本デザイン学会年間作品賞を受賞。著書に『博物館へ行こう』(岩波書店),共著書に『昭和初期の博物館建築』(東海大学出版会)がある。