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2012年冬 加藤久仁夫 「自分の世界観を物語る」

アニメーション「つみきのいえ」で第81回アカデミー賞 短編アニメーション賞を受賞された,アニメーション作家の加藤久仁生さんに,創作の背景にある世界観やアニメーション制作に込める思いなどについてお聞きしました。

Story1 落書きからアニメーションへ

加藤さんは,どんな少年時代を過ごされていたのですか。

加藤久仁生  父親が船乗りだったため,家を留守にすることが多く,半分,母子家庭みたいな感じで育ちました。一人っ子でしたから,一人で遊ぶことも苦ではなかった気がします。でも,両親が共働きという,似たような家庭環境の友達がいて,その子と「箱庭」的なままごと遊びに熱中していたことをよく覚えています。小学校1年生の頃から始まって,2年生の頃まで続いたでしょうか。「キン肉マン」の消しゴムや水鳥の鉛筆削りなど,身近にあるものを擬人化させて,ままごとのようにやり取りして遊ぶんです。僕もその男の子も,絵を描いたり工作したりすることが好きだったので,割りばしやつまようじを使って,家みたいなものも作っていました。

 普通,男の子二人での遊びといえば,ヒーローと怪獣が戦うようなものを思い浮かべるかもしれませんが,そういう方向には全然行きませんでしたね。家族や村みたいなものを作ってままごとをするという,とてもアットホームな遊びをしていました。それはファンタジー的な世界というより,自分たちの生活と地続きの世界でした。

例えば,どういうやり取りをしていたのですか。

 ちょっとした即興劇のようなものなのですが,いちばん記憶に残っているのは,自分の水鳥の鉛筆削りと,友達の木彫りの置物みたいなものが,ばったり出会って……というメロドラマみたいなやり取りです。今思うと,あんなに長い間,ほとんど毎日続けていただなんて,どうやってマンネリを解消していたのでしょうね(笑)。
 ままごとがおもしろいのは,相手がいて,どんどん話が展開していくというところ。初めから「こんな話にしよう」と意識するのではなく,やり取りしているうちにしだいに話ができあがっていくんですよね。そうやって,自分たちで世界を作っていくということや,自分たちが生んだキャラクターを通して作る時間が楽しくて,夢中になっていたんだと思います。

 でも,時代や土地柄からか,男の子が外で遊ばずに部屋の中でそういう遊びをしているっていうのを,相手の子の親はちょっと心配していたみたいですね。あるとき,その子から「もうやめよう」と電話口で言われて,それからはもうこの遊びをしなくなりました。以来,外でも遊ぶようにはなったと思います。ただ,この出来事は自分の中ではショックなこととして残っていますね。

絵を描くことも,小さい頃からお好きだったのですか。

加藤久仁生  ちゃんと習ったことはありませんが,絵を描くのは好きでした。こんなことを言うと怒られてしまうかもしれませんが,ノートや教科書の隅っこに,漫画の落書きをするような子でした(笑)。ぱらぱら漫画なんかも描いていましたね。それで,身近な友達と見せ合うんです。一度,父親に教科書の落書きを見られ,ものすごく怒られて,全部消したことがありました。本当に,落書きとしての絵でしたね。
 航海中の父親への手紙にも,よく絵を描いていたように思います。一人の時間が多かったので,本を読んだり絵を描いたりすることに自然と向かっていったんでしょう。

 小学校高学年の頃は,従姉(いとこ)の持っていた漫画「まんが道」(藤子不二雄Ⓐ)に刺激されて,周りの,絵が好きな友達といっしょに漫画の雑誌を作ろうとしたこともありました。結局,一度も完成できたことはないのですが(笑),いつも「これは漫画のネタになるかな」ということを考えながら日々を過ごしていましたね。

中学・高校で,絵の世界により近づいていくことになるのでしょうか。

 そういうわけでもないんです。中学校に入ると,周りの雰囲気ががらりと変わり,漫画のネタ探しみたいなことは,いつの間にかしなくなりました。でも,落書きだけは相変わらずしていましたね。野球部に入っていたので,それが生活の中心になり,毎日が流れていっていた気がします。もっとも,野球部では万年補欠だったのですが(笑)。
 それに,友達の影響でビートルズ,ハノイロックスやガンズ・アンド・ローゼズといったロックを聴くようになり,そちらのほうに興味の中心が移っていったというのもあります。この流れで,高校生になってから友達とバンドを組むようになるんですけれどね。

高校生の頃に出会ったノーマン・ロックウェルの絵には思い入れがあるとうかがっていますが。

 はい。大きな出会いだったと思っています。今でもたまに,ロックウェルの絵は見返すことがあるぐらいです。初めて見たときに,1枚の絵から,とても強く物語を感じたんです。描かれた人物の笑顔が魅力的だったというのもありますが,「時代も国も違うのに,どうしてこんなに引き付けられるんだろう」と,心ひかれるようになりました。
 思い返すと,その頃,バンドのためにライブのちらしやポスター,チケットのイラストを描くようになり,「絵が好きだな,絵を描くって楽しいな」という気持ちが高まってきていたのも関係があるような気がします。あるいは,ロックウェルの絵が,中学生時代から好きでよく見ていた海外ドラマ「素晴らしき日々」で描かれる「古き良きアメリカ」のイメージとも重なって見え,それも心ひかれる理由の一つだったのかもしれません。見て感じてきたことが,時間をかけて少しずつ染みて,好きになったようなところがありますね。

加藤久仁生
『ノーマン・ロックウェル Home,Sweet Home 』(PARCO出版)
大学は,美術大学に進まれていますね。

 それまでのさまざまな経験から,「絵を描いて生きていきたいな」というぼんやりとした思いはありました。でも,絵を描いて生活するという世界が漠然としすぎていて,全く現実的に考えられていませんでした。
 高校2年の終わり頃,東京の大学で写真を勉強していた従姉が帰省していたときに,それまでに描いた落書きやイラストを見せたことがありました。そのとき,彼女の口から「美大に行ってちゃんと勉強すればいいのに」という言葉がポンと出てきたんです。自分が言い出せなかった気持ちを,その言葉が後押ししてくれたような感じでした。「ああ,やっぱり好きなものだったら,ちゃんと勉強してみたいな」という気持ちを表に出すことができたんです。「絵を描いていこう」と。それで,遅いスタートではありますが,町の絵画教室へ通って,準備を始めました。

専攻はグラフィックデザインだったのですね。

 ロックウェルの影響もあるかもしれませんが,「絵画」というよりは「イラストレーション」に心ひかれる部分があったのと,幅広くいろいろと勉強したいという思いがあって,グラフィックデザイン科を選びました。
 1,2年生のときは基礎的なことをひと通り勉強しました。静物画やデッサン,タイポグラフィーやレイアウトの勉強,色彩構成や写真の勉強も。それで,3年生から,自分の興味のあることを専門的に勉強し始めるんです。僕は,3年生のときに受けたアニメーションの授業をきっかけとして,この世界の豊かさにひかれていきました。

 その授業は,さまざまな手法で作られている,世界中の,膨大な数の短編アニメーション作品を,先生の解説とともに見せてもらうというもの。片山雅博先生という先生がとてもおもしろい人で,技術的なことを手取り足取り教えるのではなく,「ともかくいい作品を見せるから,ここから何か学べ」という感じの授業でした(笑)。それまでディズニーやジブリといった長編作品は好きで見ていましたが,短編作品をこれほどたくさん見たことはありませんでした。いろんな作り方があっていいんだと思ったし,短いからこそ可能な,すごく印象に残る作品にいくつも出会いました。それで,「自分の描いている絵が動いたらおもしろいんじゃないかな」と,実際に作り始めるようになったんです。

1枚の絵でも物語は表現できると思いますが,アニメーションを作るとなると,また違った物語作りが必要になりそうですね。

 そうですね。それまでも,ロックウェルのように,1枚の中に物語を感じられるようにという視点で絵を描いてはいたのですが,それとは違いますよね。ですから,具体的にストーリーを描くということは,アニメーションの授業がきっかけできちんと考え始めた感じです。小学校高学年の頃の「これ,ネタになるんじゃないかな」って考える習慣が,ここでよみがえることになりました(笑)。

 この「物語る」ということが,大学時代から20代を通して,僕がずっと苦労することになった部分でした。何かぼんやりと,「作りたい」という気持ちはあるのですが,非常に抽象的なものしか作れなかったり,初めに思っていたこととは,ずれた形になってしまったり……語りたいことをうまく伝えられるものにならないんです。ショート・ショートを作るのが得意な友達にアドバイスをもらったり,物語について考えてみたりと,試行錯誤が続きました。自分の中にある抽象的なぼんやりしたものを,人に伝えるために物語る――この問題を前に,ずっと悩んできたように思います。今では「いろいろな作り方がある」と,少し冷静に見ることができていますけれどね。

加藤久仁生
そのあたりがしっくりくるようになったのが,「つみきのいえ」なのでしょうか。

 「つみきのいえ」は,同じ会社の平田研也さんが脚本家として関わっているものです。それまでとは全く違うチームで作ったので,自分が今まで考えなかったことや,「伝えるべきところは伝える」ということ,「ああ,こういう作り方もあるんだ」ということを学ぶことができました。よい経験でした。

加藤久仁生[かとう・くにお]

加藤久仁生

1977年,鹿児島県生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒。大学卒業後,2001年,(株)ロボットに入社。アニメーション作家を集めた同社アニメーションスタジオCAGEに所属し,テレビ番組,Webアニメーションなどを手がける。
主なアニメーション作品に「The Apple Incident」「或る旅人の日記」「つみきのいえ」など。「つみきのいえ」で第81回アカデミー賞短編アニメーション賞,アヌシー国際アニメーション映画祭アヌシー・クリスタル賞ほか多数受賞。主な著書に,絵本『つみきのいえ』『あとがき』(白泉社)など。

Photo: Shunsuke Suzuki