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2012年冬 加藤久仁夫 「自分の世界観を物語る」

アニメーション「つみきのいえ」で第81回アカデミー賞 短編アニメーション賞を受賞された,アニメーション作家の加藤久仁生さんに,創作の背景にある世界観やアニメーション制作に込める思いなどについてお聞きしました。

Story3 家族という不可思議な関係

2011年に出版された絵本『あとがき』(白泉社)は,断片を集めたような不思議な絵本ですね。
加藤久仁生

 『あとがき』は,雑誌『月刊モエ』(白泉社)での連載をもとに再構成した本なんです。毎月2ページの連載だったので,2ページで一つのまとまりになっています。まだ雑誌での連載は続いているのですが,明確な起承転結を意識せずに,自由に作らせてもらっています。
 絵本『つみきのいえ』と違って,文章も自分で書いたので,初めはとても迷いながら作っていました。これまで,こんなふうに文章を形にしたことはなかったものですから。ぼんやり終わることもあったり,しっかり落ち着いて終わることもあったりと試行錯誤ですが,そのなかで,自分の「語り口」みたいなものがなんとなく見えてきたとは思っています。自分が好きな,向田邦子作品,太宰治作品のちょっとコミカルな部分――そういった要素を,わかる人はわかるという程度に潜ませるなんていうこともしています。続き物ではなく,1回ごとにリセットしながら取り組むことができるので,新しい試みを取り入れることができるんです。文章を書くっておもしろいなと思いながら創作できている気がします。

 毎月続けてきたことによって,これまで,とりわけ20代の頃,ずっとはっきりつかめずにいた「何を語るか」ということが,少しずつ見えてきているように思えるんです。「自分はこういうことを考えていたのか」と。たった2ページですが,続けることで見えてくるものもあるんだなと,自分なりに感じているところです。

自分の子どもの頃の記憶の,どこかに引っかかるようなページがいくつもありました。

 そうですね。例えば,「雨の日」という回。雨の日に,カセットテープに声を録音して遊んでいたという記憶や,休日の雨の日に昼間から電気をつけている感じ――なんの変哲もない出来事や感覚なのですが,描いておきたいなという思いがあって作りました。そういうちょっとした,自分の中にある記憶や気持ちを,さまざまな形で散りばめたのが『あとがき』なんです。

加藤久仁生
絵本『あとがき』(白泉社)より,「雨の日」。
そういった試みが,アニメーション作りにもたらすものもあるのでしょうか。

 2011年から2012年にかけて作った,「情景」というとても短いアニメーションがあります。「これまでとは違ったやり方で」という気持ちもあって,短い記憶や断片的な感情を散りばめるような感じで作ったものです。このときの語り方がこれまでのアニメーションとは違っているのは,きっと『あとがき』が一つのきっかけになっているんだろうなと思っています。それから,アニメーションでのキャラクターの動きを決定づける「気持ち」が,より具体的に想像しやすくなりましたね。こういうところも,作品に表れてきているんじゃないかなと思います。

 今度はもう少し長いものを制作したいと考えています。非現実的な世界を描くにしても,根っこにあるのは「自分が実際にどう感じているか」ということのはずで,次はもっとその点を意識して作れるような気がするんです。それから,これまでは,まず大きな物語の枠を意識して,それに合わせるように作ってきた部分があるのですが,今は,キャラクターが動くことで物語が形作られるという考え方でできるようになってきました。初めに何かありきではなく,必然性をもって物語が進んでいくという感覚です。
 絵本のほうも,また作ろうという話が出ています。『あとがき』より長い物語を作ってみてはどうだろうと。まだ具体的にはお話しすることができないのですが,構想しているところです。

加藤さんには,小社発行の雑誌『飛ぶ教室 No.29』にエッセイを書いていただいています。文中,「古き良き」という言葉が何度か出てきますが。

 僕は,どこかしらノスタルジックなものに引き付けられるところがあるのかもしれません。誰しもそういう部分はあるでしょうが,今はなくなってしまったもの,忘れ去られたものが引っかかるというか……。建物にしても,昔のもののほうが好きです。例えば,普通の住宅でも,昔は,手すり一つ,窓の形一つとっても,装飾的で,一人一人の職人が細かいところにこだわったものが多かったと思うんです。そういう建物が並んで,街全体のトーンも調和がとれていた感じがします。
 今の,効率を優先した無個性な住宅街を見ると,いやだなと思うこともあります。でも,だからこそ世の中が回っていくんだと思う部分もありますし,割り切れないところではあるんですけれどね。無常観にもつながるけれども,「変わってしまうということが全て」ともいえるのですから。いやだなって思いながらも生きていくっていうことですかね。

加藤久仁生
『飛ぶ教室 No.29』より,エッセイ「ノーマン・ロックウェルと素晴らしき日々」。
エッセイやこれまでのお話から,「家族」というものへの強い思いがあるように感じられます。
加藤久仁生

 『飛ぶ教室』のエッセイで触れた,ノーマン・ロックウェルや,映画「スタンド・バイ・ミー」,海外ドラマ「素晴らしき日々」などには思い入れがありますし,たしかに,そういう部分はあるかもしれませんね。
 うちは,両親がいつもけんかしている家庭でした。ですから,そういう両親の「いっしょにはいるけれど,絶対にわかり合えない部分がある」という状態をずっと見てきて,自分自身,「人間ってそういうもの。隣の人が本当は何を考えてるのかなんてわからないもの」と思っているところがあります。
 「つみきのいえ」の世界とは全く違うことを言うようですが,あの話も,おばあさんの目線から語れば,全然違うものであるかもしれませんしね。身もふたもない話になってしまいますが(笑)。でも,そういうことがあるけれども,やはり一人では生きられないところもあるんだと思っています。

 僕は,映画「男はつらいよ」シリーズが好きなんです。「とらや」の面々と寅(とら)さんは,わかり合えているんだけれども,わかり合えていないところもあるんですよね。寅さんが,自分が大事にせずにはいられない部分を通すがために,周りや自分自身が不幸になっていく。もちろん,それを喜劇として描いているのですが,「とらや」でのけんかの場面を見て,笑いながら泣けてくるのは,どこか自分の家族とつながるところがあるからかもしれません。

 以前,寅さんを演じた渥美清(あつみ・きよし)さんがどこかで語っていた言葉がとても心に残っています。それは,「親兄弟がどんどん亡くなってしまって,本当に恋しくて懐かしいと思う。でも,今,振り返るとそう思うけれども,実際は,もっと複雑で煩わしいものだったのではないか。家族ってそういうものだ」というようなものです。
 本当にそうなんですよね。僕は今,実家から遠く離れた東京で暮らしているので,たまに帰省すると,初日ぐらいは父親とお酒を飲んで久しぶりにゆっくり話すのですが……二日目あたりからはもう,うっとうしい気分になってくる(笑)。もちろん,もし親が亡くなってしまったら本当に寂しく思うだろうし,失われてしまった時間をいとおしく感じるにちがいないのですけどね。うまく言えないけれど,「家族」という,つかみどころのない関係が,僕は気になっているんだと思います。


加藤久仁生[かとう・くにお]

加藤久仁生

1977年,鹿児島県生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒。大学卒業後,2001年,(株)ロボットに入社。アニメーション作家を集めた同社アニメーションスタジオCAGEに所属し,テレビ番組,Webアニメーションなどを手がける。
主なアニメーション作品に「The Apple Incident」「或る旅人の日記」「つみきのいえ」など。「つみきのいえ」で第81回アカデミー賞短編アニメーション賞,アヌシー国際アニメーション映画祭アヌシー・クリスタル賞ほか多数受賞。主な著書に,絵本『つみきのいえ』『あとがき』(白泉社)など。

Photo: Shunsuke Suzuki