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2013年春 柴田元幸 「創造と実務が共存する世界に生きる」

アメリカ文学研究者・翻訳家の柴田元幸さんに,翻訳するとはどういうことか,教育者として何を大切にしているかなどについてお聞きしました。

Story3 朗読――文章という音楽

以前,上野恩賜公園野外ステージで,柴田さんの朗読をお聴きしました。

 昨年の11月に行われた「読書のフェス」での朗読ですね。あれは気持ちよかったなあ。もう一生,あんなにうまくできることってないんじゃないかなっていうくらいうまくいきました。本当にしゃべりやすくて読みやすいステージでした。
 まず,すごく広々としていて気持ちがいい。しかも,シーンと静まり返っているんじゃなくて,あちらでは子どもが駆け回り,こちらではおにぎりを食べてる人がいるっていうのもよかった(笑)。みんな,穏やかな土曜の午後に,のんびり過ごしに来たという感じで,本当にいい雰囲気でしたね。
 本が好きな人の中にも,朗読を聴くのも好きな人とそうでない人がもちろんいて,それは自由だと思うんです。みんなが朗読を好きである必要はない。でも,朗読したり,それを聴いたりすると,案外おもしろいんだなってことを,多くの人が思い始めている流れは最近ありますね。

柴田元幸
2011年「読書のフェス」で朗読をする柴田さん。(撮影:大森克己)
他にはどんな場で朗読をされることが多いのですか。

 新刊が出たときのタイミングで,書店のトークショーの中ですることが多いですね。要するに販売促進活動(笑)。
 というのは,翻訳者は,作家と違って,自分の本をプロモートしやすいんです。「私はこんなすばらしい本を書いたから,皆さん,読んでください」とは言えないけれど,「私はこんなにすばらしい本を訳しましたから,皆さん,読んでください」とは言えるでしょう。
 それから,外国文学って,3000~4000部売れれば精一杯っていうくらい,そう売れるものではないんです。だからこそ,売れる努力をすれば少しは違う気がするという部分はありますね。書店員さんもおもしろがってくれる。彼らも,黙っていても売れるようなベストセラーを売るよりも,自分で工夫のしがいがあるものを売るほうが楽しいんじゃないかな。「やれば違いが出る」って,書店のほうでも熱心に取り組んでくれるわけです。そんななかで,朗読をするようになりました。作品のよさを多くの人に伝えるための,一つの道筋ですね。


 そういうイベントは,大学の必修科目とは違うから,来てくれるのはみんな,来たくて来ている人たちですよね。なかには義理で来てくれている人もいるかもしれないけど……。まあでもそれも含めて,なんらかの内的・外的必然があって来ている人たちなので,そういう人たちに向かって話をしたり朗読したりするのは,すごくやりやすい。

 最近は,すでに訳してある本から読むことより,同じ作家の,まだ訳されていないものや似たようなものを読むことが多いですね。そうやって,新しいものを聴いてもらって,その反響を探るのが楽しいから。だから,前日の晩や当日に訳したものを読むことが多いですね。下手をすると会場へ向かう電車の中などで,まだノートに訳文を書いていたり。

柴田元幸
2011年開催のイベント「柴田元幸の朗読三昧な夜」での様子。
なぜあんなにすばらしい朗読ができるのだろうと思いました。

 第1回でお話しした,「翻訳にはマメさが大事」っていうのと同じなんじゃないですかね。勘でやっているところが大きいけれど,「この感じを伝えようと思ったらどうしたらいいか」という視点で,声色を変えるとか読むペースを変えるとか,いろいろと工夫はしますね。
 翻訳をする過程で,原文や訳文と長く付き合ってきているからという面もあるだろうけど,翻訳者がみんな朗読するかというと,そうとも限らない。向き・不向きというのはあるでしょうから。朗読に向く人と向かない人がいるとするなら,文章を音楽として捉えているかどうかの違いかもしれないですね。文章を,書かれたものと捉えるのか,頭の中で読む,つまり聴くものだと捉えるのか。「聴くものだ」「音楽だ」と思って文章を書いたり訳したりしている人のほうが,朗読に向く気がしますね。「あらゆる芸術は音楽に向かっていく」とはよく言われることですが,僕も,文章を音楽やリズムとして見ているところがあるから。

柴田元幸
どこかで特訓みたいなことをされているのでしょうか。

 何か特別な訓練をしているということはないんです。ただ,朗読のプロではないので,声を出すときに,腹筋を使うのをつい忘れてしまうというのがあって,原稿の脇にときどき,忘れないように「腹筋」と書いています(笑)。腹筋を使わないと,声って太くならないですから。原稿についていえば,読むときの区切りの印も入れています。書かれているときには自然な位置にある読点も,読むときの区切りにしてしまうと変になることもわりとあるので,朗読用に別の印は必要なんです。
 お手本にしているのは,いっしょに朗読劇のイベントもしている,作家の古川日出男さん。彼の朗読はすごいですよ。いっしょにやっていると,引っ張られるというか,自然に見習っちゃいますね。

柴田元幸

 朗読をしていておもしろいのは,「ここでちょっと速くする」「ここでちょっと間を置く」というようなことは,本当に出たとこ勝負であるところ。速さとか間とか,そういうことは原稿には全くメモしないんです。そのときの感じで,「ここはちょっとダレるかな」と思うと,ダダッと勢いよく読む。そういうことは勘に従っていますね。

またぜひ,聴きにうかがいたいと思います。

 ありがとうございます。新刊が出れば,2~3回は朗読の場があると思うので,ぜひおいでください。


柴田元幸[しばた・もとゆき]

1954年,東京都生まれ。東京大学教授,翻訳家。主な著書に『アメリカン・ナルシス』『翻訳教室』『ケンブリッジ・サーカス』など。訳書にポール・オースター『ブルックリン・フォリーズ』『幽霊たち』,スティーブン・ミルハウザー『イン・ザ・ペニー・アーケード』,ジャック・ロンドン『火を熾す』,バーナード・マラマッド『喋る馬』など多数。

Photo: Shunsuke Suzuki