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2013年冬 佐藤卓 「つなぐ デザイン」

光村図書のロゴマークのデザインを手がけてくださった,グラフィックデザイナーの佐藤卓さんに,デザインや言葉,教育について思うことを伺いました。

Story3 出会ってほしい 本当にいいもの

テレビ番組「にほんごであそぼ」(Eテレ)のアートディレクションをなさっていることからも,言葉に対して強い思いをおもちのように感じるのですが。

 例えば,ここに1本の線を引いて,「もうちょっと細い線がいいな」と思ったとしたら,それはもう言葉にしているということ。言葉とデザインは一体なんです。言葉は常にデザインの仕事に,ついて回っているということです。
 それから,人にデザインを見ていただくときには,「なんとなく」というわけにはいきません。必ず,どういう言葉を使って伝えるかを考えなければならない。価値観が違う人どうしが物事を共有するには,言葉によってそのずれを束ねて,目ざす方向を明らかにする必要があります。

デザイナーにとって,コミュニケーションは重要ですものね。
佐藤卓

 ええ。言葉の大切さを実感したのは,広告代理店で働いていた頃,先輩のプレゼンテーションについて行ったときのことでした。先輩は,とても優秀なコピーライターでした。僕は新入社員だったので,いちばん端に座って,彼がクライアントの前でプレゼンテーションするのを見ていた。
 場の全体が客観的に見えたから,そのうちクライアントがうとうとしているのも目に入ってきました。先輩はといえば,書類を見下ろしながら淡々と話している。もちろん,話の内容はとてもすばらしいものです。でも,相手は寝始めた。「先輩はすばらしい言葉を語っているけれど,正面にいるクライアントには届いていない。これはどういうことだろう」と思いましたね。



 言葉が生きているか死んでいるかの違いなんでしょう。先輩は知識が豊富な方だったけど,それをわかっていなかった。だから,知識が豊富なだけではだめで,コミュニケーションというものが大切なんだと思ったんです。

 この瞬間のことは,今でも目に焼き付いています。こういう経験を重ね,どう言葉にして伝えるかというのはとても重要で,人と人は話をしないとわからないんだということを知りました。コミュニケーションって,基本的に「相手はわかってくれない」と思っていたほうがいいんですよね。

ただ言葉を知っていて,それを操るだけではいけないんですね。

  ええ。それから,日本語の擬音語・擬態語の豊かさを大切にしたいという思いもあります。2007年から2008年にかけて,東京の「21_21 DESIGN SIGHT」というところで「water」という,水をテーマにした展覧会を開いたことがあります。そのときに,水の音を表現する言葉が,世界のどの国にどれぐらいあるのかを調べたら,日本が圧倒的に多かったんです。1個か2個しかない国もあるんですよ。でも,日本には,思いつくままに挙げるだけでも50個はありました。


佐藤卓

 「ピチャン」と「ピチョン」は違いますよね。そして日本人はそれをちゃんと聞き分ける。これってすごいことなんです。日本って,それぐらい自然に対する「解像度」が高いということです。

子どもたちにぜひ伝えていきたいことですね。

 僕は小さい頃ずっと遊び回っていて,小学校時代に成績がよかったのは図工と体育だけなんです。ありがちでしょう(笑)。勉強はあまりやる気もなかったし,本だって,他の人と比べるとそう読んでいたほうではありませんでした。そういうことがあって,知識という点で,自分の中にずっとコンプレックスがありました。今でもそうですけれどね。
 だから,たまたま「にほんごであそぼ」のお話をいただきましたけれど,最初は「自分で大丈夫だろうか」という気持ちが強かったんです。でも,「アートディレクションという形で,気楽な気持ちで来てください」と言われて,もしかして役に立てるかもしれないと,続けてきました。


佐藤卓

 齋藤孝さんと一緒にやっているのですが,齋藤さんもNHKの方たちもさすが知識が豊富で,僕はすばらしい日本語に次々に出会うんです。デザインの仕事をしながらも,勉強させてもらっちゃっているという,幸せな状態です。もう,日本語に感動しちゃうわけですよ。自分がいかに勉強していなかったかを痛感するのと同時に,大人になってまた感動できる喜びがありました。「日本って本当にすばらしい国だ」って。
 言葉の意味は完全にわからないまでも,子どもたちがすばらしい日本語をしゃべってくれたりしたら,それがまた胸を打ちます。本当におもしろくてしかたないですね。

教科書をつくる会社の一員として,子どもたちには,本当にいいものに出会ってほしいなという思いがありますね。

 それは本当にそう。デザインをしていても,前々から思っていたことですね。情報は変わらないけれど,人と情報の関係というのは刻々と変化しているんです。小さな頃によく聞いて,つい覚えてしまった歌があるでしょう。大人になってそれをふっと口ずさんでみたとき,そこから感じ取れることって,小さな頃とは全く違う。「ああ,なんていい歌なんだろう」って気づくことができたりもする。その情報自体は,ずっと変わらずに自分の中にあったものなんですけれどね。
 小さい頃にいいものに接して,いいことをどんどん覚えさせる。意味なんてわからなくてもいい。いいものをどんどん流し込んじゃうっていうのは,大人の責任なんじゃないかなと,こういう番組づくりをやっているとつくづく思います。


佐藤卓佐藤卓
Eテレ「にほんごであそぼ」より

 「デザインあ」もそうじゃないかな。難しいことはわからなくてもいい。世の中にはいろんなデザインがあるんだよ,階段の高さを決めている人たちがいるんだよ,なんとなくできているんじゃないんだよと。それに気づいたら,「誰かが考えてくれているんだ。ありがたい」という気持ちが生まれますよね。
 年とともに,大人の責任というのは感じてきているんです。大人がやらないといけないことがあるだろうって。

私たちも,同じ思いでいきたいなと思います。

 大きな志があることはすごく重要です。そういう会社に出会えるのは,自分たちデザイナーにとっては本当にうれしいことです。


佐藤 卓 [さとう・たく]

佐藤 卓

グラフィックデザイナー。1955年,東京生まれ。1979年東京藝術大学デザイン科卒業,1981年同大学院修了。株式会社電通を経て,1984年佐藤卓デザイン事務所設立。
金沢21世紀美術館や国立科学博物館シンボルマーク,武蔵野美術大学美術館・図書館ロゴのデザインなどを手がける。他に,パッケージデザイン,グラフィックデザインなども行う。
また,NHK Eテレ「にほんごであそぼ」の企画メンバーおよびアートディレクター,「デザインあ」総合指導,21_21 DESIGN SIGHTディレクターも務めるなど,活動は多岐にわたる。著書に『デザインの解剖』シリーズ(美術出版社),『クジラは潮を吹いていた。』(DNPアートコミュニケーションズ)など。

Photo: Shunsuke Suzuki