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書写の用具研究 第3回

書写の用具研究

2017年9月28日 更新

編集部 光村図書出版

書写の用具を一つ取り上げ、書写用具店の方にお話を伺うコーナーです。

第3回 教えて! 墨のこと

墨のメーカーである墨運堂(ぼくうんどう)・東京店に伺いました。墨運堂の本社は奈良県にあり、文化2年に創業、その歴史はなんと200年以上です。東京店店長の松井昭光さんにお話をお聞きしました。

中学生の男の子と女の子のイラスト

1. 墨の歴史

そもそも墨はいつ頃できたのか、教えていただけますか。
 

小・中学生のみなさんが「墨」というと、思い浮かべるのは、液体の墨でしょうか。

はい。学校の授業では墨液を使うことが多いので……。
 

小・中学校の書写の授業では、手軽に使える「液体墨(えきたいぼく)」(墨液)を使うことが多いですね。墨には、ご存じのとおり、硯(すずり)で磨(す)って使う「固形墨(こけいぼく)」もあります。

画像、筆ができるまで
(左)液体墨 (右)固形墨
固形墨は桐箱に入れて売られていることが多い。

 

墨は、固形墨から始まり、中国から伝わりました。その歴史は古く、漢の時代(紀元前206~220年)にさかのぼります。日本では、『日本書紀』に「推古天皇十八年三月、高麗王、僧曇徴を貢上す。曇徴よく紙墨をつくる」とあり、実際は推古天皇の時代より少し前に、墨が日本へ伝えられたと考えられています。そのときに都があった奈良を中心に、墨は徐々に全国へ広まっていきました。ですから、現在でも墨作りをしているメーカーは、奈良に多いんですよ。
このように、固形墨には2,000年以上の長い歴史があります。しかし、液体墨ができたのは、昭和36年。ごく最近なんです。

固形墨と液体墨の違いを説明する松井さん。
固形墨と液体墨の違いを説明する松井さん。

それは意外ですね。なぜ液体墨は生まれたのですか。
 

やはり、もっと手軽に墨を使いたいという声が多かったのでしょう。昭和25年に水で溶かして使うペースト状の「練墨(ねりずみ)」ができ、その後に液体墨が開発されました。当時は、固形墨の代用品という位置づけでしたが、今では固形墨よりも使う人が多くなっています。

2. 固形墨と液体墨の違い

固形墨と液体墨では、書き味にどのような違いがあるのですか。
 

小・中学生のみなさんが「墨」というと、思い浮かべるのは、液体の墨でしょうか。固形墨は自分で磨るため、濃淡をつけたり、いろいろな表情を出したりすることができます。また、粒子が細かいため、見た目は艶っぽく優雅になることが多いですね。
いっぽう液体墨は、一定の濃度で製造されているので、見た目がやや平板になりますが、粒子が粗いため、墨を黒く、力強く見せたいときにいい。豪快さを出すことができます。
作品によって固形墨と液体墨を使い分ける書家の先生もいます。また、大きな作品を書くときは、大量に墨を磨るのが大変なので、液体墨を使うことが多いようです。しかし、固形墨を使って大きな作品を書きたいという人もいますので、「墨磨機(すみすりき)」という自動で墨を磨る機械があるんですよ。高校の書道部などでも使われているようです。

墨磨機
墨磨機
機械に固形墨をはさみ、水を入れて電源を入れると、自動的に墨を磨ってくれる。

 

固形墨と液体墨で、扱い方に違いはありますか。
 

固形墨には、「墨は成長する」という言葉があり、年数を経ることで、書き味がよくなっていくのが特徴です。およそ20年以上たった固形墨を「古墨(こぼく)」と呼ぶことがあり、ものによっては、たいへん価値があります。固形墨を硯で磨るときは、垂直にせず少し斜めにし、時々、裏返して磨り口がV字の形になるようにするとよいと思います。力を入れすぎないようにすることも大事です。使い終わったら、反故紙(ほごし)などできれいに拭き取り、桐箱に入れ、直射日光が当たらない涼しい場所で保管しましょう。よい条件で保管すれば、何十年と使い続けることができますので、丁寧に扱いたいものです。

墨の磨り方
墨の磨り方

いっぽう、液体墨は製造されてから、ゆっくりと劣化していきます。なぜか「墨液は腐らない」と思っている方がいるのですが、そんなことはありません(笑)。ものにもよりますが、大体5年以内に使い切ったほうがいいと思います。また、液体墨は、原料の煤(すす)が沈殿しやすいので、軽く振ってから使うとよいでしょう。
それから、硯に余った液体墨を、元の容器に戻す人がいますが、あれは絶対にやらないほうがいい。硯に入れた時点で、ほこりや雑菌が入りますから、それを戻すと容器に入っている墨までダメになってしまいます。

3. 墨の原料と作り方

固形墨と液体墨の原料は同じなのですか。
 

基本的には同じで、原料は、煤・膠(にかわ)・香料です。液体墨の場合、それに水が加わり、防腐剤が入ることがあります。膠でなく合成樹脂を使うこともあります。
煤には、油煙(ゆえん)・松煙(しょうえん)・工業煙の種類があり、油煙は、菜種油など植物性の油を燃やして採取します。松煙は、松の木を燃やして採取するのですが、今では自然保護の観点から行われていません。工業煙は、軽油などを燃やして採取します。

墨の原料
左から、香料、煤、膠

膠というのは、どのようなものですか。
 

動物の骨や皮などを、水を加えて煮沸してつくるコラーゲンを含むゼラチンを主成分とした動物性タンパク質の一種です。膠は、墨づくりに欠かせない原料ですが、非常に独特なにおいのため、墨をつくるときは、必ず香料を加えます。うちでは龍脳(りゅうのう)という天然香料が使うことが多いですね。固形墨を磨ったときに感じるいい香りは、香料によるものです。
 

墨はどのようにして作られるのですか
 

煤を採取する「採煙」に始まり、さまざまな工程を経て作られます(第4回を参照)。特に、墨を練ったり、型に入れたりするのは、経験を積んだ職人にしかできない、緻密な作業です。
また、膠が動物性タンパク質で腐敗しやすいため、墨は暑い時期に作ることができません。毎年10月から翌年の4月に製造しています。
墨運堂本社には「墨の資料館」があり、墨の製造期間中は墨づくりの工程の展示を見たり、墨の型入れを見学したりすることができます。ぜひ予約してお越しください。

ぜひ見学に伺いたいです。今日はありがとうございました!

Illustration: KAMO

墨運堂(ぼくうんどう)

■本社  
奈良県奈良市六条1-5-35/Tel:0742-52-0310
■東京店 
松戸市小金きよしケ丘4-10-2/Tel:047-347-5100

次回は、墨ができるまでの工程をご紹介します。

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