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藤原 えりみ

美術ジャーナリスト

いま話題の展覧会を一つ取り上げ,その見どころをご紹介します。

藤原えりみ(ふじはら・えりみ)

1956年山梨県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修了(専攻/美学)。女子美術大学・國學院大學非常勤講師。著書に『西洋絵画のひみつ』(朝日出版社)。雑誌『和楽』(小学館)で,美術に関するコラムを連載中。光村図書高等学校『美術』教科書の著作者でもある。

第5回 ベルギー奇想の系譜 
ボスからマグリット,ヤン・ファーブルまで

2017.07.28

「ベルギー奇想の系譜 ボスからマグリット,ヤン・ファーブルまで」

Bunkamura ザ・ミュージアム(東京都渋谷区) 2017年7月15日(土)~9月24日(日)

この展覧会の見どころ

(1) ヒエロニムス・ボスに始まる怪奇と幻想の系譜

(2) 人間の愚かさや死への恐怖,欲望の醜さをとらえるエキセントリックなイメージ

(3) 複雑な歴史的背景と文化風土が育んだアイロニー(皮肉,逆説)の精神

動物や昆虫,日常の道具と人間が合体したような異形の悪魔や怪物が跋扈(ばっこ)する絵画で知られるヒエロニムス・ボス。そのボスから始まるベルギー美術のエキセントリックなイメージの系譜を,約500年にわたってたどるというユニークな展覧会である(ちなみに「奇想の系譜」とは,それ以前の日本美術史では邪道とされてきた絵師たちの業績を評価した日本美術史家・辻惟雄氏の代表的著書名に由来する)。

ボスの真筆作品は出品されていないのだが,ボス工房による《トゥヌグダルスの幻視》(※1)は,ボスの代表作から取られたと思われるモチーフが巧みに組み合わされていて,貪欲や邪淫,怠惰,傲慢など,人間の欲望を戒める内容でありながら,怪異なイメージそのものが実に魅力的で細部までじっくりと眺め回したくなってしまう。

画像,トゥヌグダルスの幻視

※1  ヒエロニムス・ボス工房
《トゥヌグダルスの幻視》
1490-1500年頃 油彩・板
ラサロ・ガルディアーノ財団  
© Fundación Lázaro Galdiano

また,ボス派の画家による旅の守護聖人「聖クリストフォロス」や,麦角(ばっかく)中毒という病気に聖アントニウス会の修道士たちの治療が有効であると信じられていたため,数多く描かれた「聖アントニウスの誘惑」にも,ボスの作例をルーツとするモチーフが繰り返し登場する。さらには,聖アントニウスに描かれていたモチーフが聖クリストフォロスの画面に転用されるという興味深い混淆も(麦角中毒には転地療養が効果的だと考えられていたためだろうか。本来的には異なる主題なのにイメージはお構いなしに流用されていく!)。

ボスの絵画に登場する異形の生き物は,キリスト教浸透以前の古代からの伝承や土俗的な信仰から生まれ,中世を通じて人々の心のなかに棲息し続けてきたものだという。ボスが視覚化した中世以来の民衆的想像世界は,彼の生前から人気を博し,死後も繰り返し版画などで取り上げられた。若き日のピーテル・ブリューゲル(父)もまた,《聖アントニウスの誘惑》(※2)や「七つの大罪」シリーズなど,ボスに倣った奇怪な絵柄の風刺に満ちた版画用原画を制作している。

画像,聖アントニウスの誘惑

※2 《聖アントニウスの誘惑》
1556年 エングレーヴィング・紙
プランタン=モレトゥス博物館,アントワープ 
©Museum Plantin-Moretus/Prentenkabinet,Antwerp-UNESCO World Heritage
ピーテル・ブリューゲル(父)[原画],
ピーテル・ファン・デル・ヘイデン[彫版]

現在よりも遙かに夜の闇は深く,ペストなどの伝染病のもたらす死が常に人々の傍らにあった時代。それはまた,日々祈りと共にある信仰生活と死と隣り合わせの生を謳歌しようとする享楽的な生活とが共存していた時代でもある。人間の愚かさに対する辛辣な視線とこの世ならぬもののリアルな描写が交錯するイメージは,地中海の明るい光に満ちたルネサンス真っ盛りのイタリア絵画のあずかり知らぬ,人間の奥底に潜む暗さと社会に漂う不安感を映し出す。

やがて宗教戦争の時代を迎え,当時ネーデルラントと呼ばれていた地域(現在のベネルクス三国を中心とする地域)は,独立国オランダ共和国とスペイン・ハプスブルク領のフランドル(現在のベルギーを中心とする地域)に分断されてしまう。交通の要所であり,16世紀には経済的な発展を遂げたフランドルは,その後もフランスやドイツ,オランダに支配され続け,王国として独立したのは1830年のこと。この複雑な歴史的背景にも関わらず,いやそれだからこそ,奇怪なものや逆説的な表現に対する志向性は伏流水のように受け継がれてきたのだろう。

ボスに始まる系譜は,17・18世紀にはやや姿を潜めるが19世紀になって浮上し,過去の栄光に沈む「死都ブルージュ」のたたずまいを追い続けたフェルナン・クノップフや,人間を骸骨の姿で描くジェームズ・アンソールらの作品へと結実していく。そして言語とイメージの関係を問うたルネ・マグリットやマルセル・ブロータールスを経て,コガネムシや鳥の剥製による不気味なオブジェを制作するヤン・ファーブル,無用の機械や乗物を提案するパナマレンコ,キリスト教的な主題を卑近な物へと転換してしまうウィム・デルヴォワへと確実に受け継がれているのだ。逆さ吊りにされた骸骨がティンパニーを叩き続けるレオ・コーペルス(※3)や,ひたすら愛猫に質問し続けるブロータールスのサウンド作品には,思わずニヤリとさせられるだろう。多様な角度からベルギー美術の歴史に触れられる好企画。

画像,ティンパニー

※3 《ティンパニー》
2006-2010年 ミクストメディア
レオ・コーペルス
作家蔵 ©Leo Copers & SABAM / Photo: mARTine

次回は,「レオナルド×ミケランジェロ展」をご紹介します。

「ベルギー奇想の系譜 ボスからマグリット,ヤン・ファーブルまで」

【会場】Bunkamura ザ・ミュージアム (東京都渋谷区)
【会期】 2017年7月15日(土)~9月24日(日)
※8月22日(火)休館
【開館時間】10:00~18:00 毎週金曜日・土曜日は21:00まで
※入場は閉館の30分前まで

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