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藤原 えりみ

美術ジャーナリスト

いま話題の展覧会を一つ取り上げ,その見どころをご紹介します。

藤原えりみ(ふじはら・えりみ)

1956年山梨県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修了(専攻/美学)。女子美術大学・國學院大學非常勤講師。著書に『西洋絵画のひみつ』(朝日出版社)。雑誌『和楽』(小学館)で,美術に関するコラムを連載中。光村図書高等学校『美術』教科書の著作者でもある。

第9回 ゴッホ展 巡りゆく日本の夢

2017.12.12

ゴッホ展 巡りゆく日本の夢

東京都美術館 2017年10月24日(火)~2018年1月8日(月・祝)

京都国立近代美術館 2018年1月20日(土)~3月4日(日)

この展覧会の見どころ

(1) ゴッホに影響を与えた浮世絵作品とゴッホ作品を比較しながら鑑賞できる

(2) 日本初公開の油彩画や,風景素描など目をひく優品の数々

(3) ゴッホ終焉(しゅうえん)の地を訪れた日本の文化人たちの資料展示も充実

ゴッホが日本に憧れ,いつか訪れてみたいと考えていたことはよく知られている。実際に彼は熱心に浮世絵を集め,模写を通して構図や色づかいを研究するだけでなく,モチーフをとらえる視点や水平線と地平線を高く設定する空間表現など,浮世絵に触発されてさまざまな試みを行っている。本展はそれらの彼の試みを丹念にひもとき,作品に埋め込まれた影響要素を具体的な浮世絵の作例とともに展示している。溪斎英泉(けいさいえいせん)の《雲龍打掛(うんりゅううちかけ)の花魁》を模写した《花魁(溪斎英泉による》 ※1では,背景に描かれた鶴や人物の乗った舟は無名絵師による《芸者と富士》,また画面手前の2匹の蛙は二代歌川芳丸の《新板虫尽》に基づくもの。画面右の竹林や睡蓮もどこかから借用されたイメージなのだろう(竹や睡蓮は日本を連想させる植物だった)。

画像,ゴッホの作品

※1 フィンセント・ファン・ゴッホ 《花魁(溪斎英泉による)》 1887年 油彩・綿布 ファン・ゴッホ美術館 (フィンセント・ファン・ゴッホ財団)蔵 ©Van Gogh Museum, Amsterdam (Vincent van Gogh Foundation)

右図版は,溪斎英泉 《雲龍打掛の花魁》 1820~1830年代 木版,紙(縦大判錦絵,縦2枚続) 千葉市美術館蔵(東京展後期展示,他の会期では個人蔵作品を展示)

また,今回日本初展示となる《雪景色》※2には,歌川広重《東海道五十三次》の「蒲原」や「亀山」など,紙の白地を活かして巧みに雪を表現した作例が添えられている。芸術家村構想を抱いてアルルを訪れたゴッホを最初に出迎えたのは雪景色であったという。ゴッホはこう記している。「雪のなかで雪のように光った空をバックに白い山頂をみせた風景は,まるでもう日本人の画家たちが描いた冬景色のようだった」。もちろん当時,浮世絵の影響を受けた画家はゴッホ一人ではない。ただ,ゴッホの場合,美術品としての浮世絵だけでなく,日本文化さらには日本人のライフスタイルにまで関心が及んでいた点が特異だ。

画像,ゴッホの作品

※2 フィンセント・ファン・ゴッホ 《雪景色》
1888年 油彩・カンヴァス
個人蔵 ©Roy Fox

「日本美術を研究すれば,もっと楽しく,もっと幸せになるにちがいないと僕には思える。因習まみれの世界で教育され,働いている僕らを自然へと回帰させてくれると」。それほど理想化されると日本人としては内心忸怩(じくじ)たるものがあるのだが,アルルの平明な光はまさに彼が夢見た日本の光だったのだろう。日本への思いはアルル時代に最高潮に達する。木の幹をクローズアップする浮世絵の手法を応用した風景画,大首絵のようなシンプルな背景の肖像画。またピエール・ロティの小説『お菊さん』から触発されて夾竹桃(きょうちくとう)に特別な関心を抱き,《ラ・ムスメ》のモデルに持たせるほか,夾竹桃の花にゾラの小説『生きる歓び』を添えた華やかな静物画《夾竹桃と本のある静物》※3も残している(これも日本初展示)。

画像,ゴッホの作品

※3 フィンセント・ファン・ゴッホ 《夾竹桃と本のある静物》
1888年 油彩・カンヴァス
メトロポリタン美術館蔵(ジョン・L.・ローブ夫妻寄贈)
©The Metropolitan Museum of Art. Image source: Art Resource, NY

そして本展のもう一つの特徴は,大正から昭和にかけてゴッホ巡礼を行った日本の文化人たちの資料展示が充実していることだ。当時,ゴッホの作品を見られる場所は,オーヴェールでゴッホと交流し作品を所有していた医師ガシェの後を継いだ子息の住むガシェ邸か,早くからゴッホ作品を蒐集していたクレラー=ミュラー夫妻のコレクション(当時はオランダのデン・ハーグ)しかなかったという。特にオーヴェールは「聖地」であった。ヨーロッパに遊学中の画家・彫刻家や文化人たちはこぞってガシェ邸を訪問。作品を拝見してゴッホの墓に詣でた。ガシェ邸に残された日本人専用の3冊の芳名録や記念写真,訪問日記,画家・里見勝三や精神分析医・式場隆三郎とガシェの子息の間で交わされた手紙等の貴重な資料がずらりと並ぶ。里見勝三の《オーヴェールの正面》や佐伯祐三の《オーヴェールの教会》などの油彩小品も,ゴッホの日本に託した夢が一巡してフランスの地に日本人を引き寄せるという〈夢の循環〉に彩りを添える。

展覧会と平行して,ゴッホに関する非常に興味深い映画も公開中だ。「ゴッホ~最期の手紙~」(監督ドロタ・コビエラ&ヒュー・ウェルチマン)※4は,ゴッホの死の謎をめぐるミステリー仕立ての内容で,役者による実写映像をスキャンして,125人の画家によるゴッホふうのタッチの油絵を重ね合わせたアニメーション映画。制作期間7年,使用した油絵はなんと62450枚! 前代未聞の手法と観点は,ゴッホ好きならずともひき込まれること必須。展覧会とあわせてぜひご覧いただきたい。

画像,ゴッホの映画

※4 映画「ゴッホ~最期の手紙~」
TOHOシネマズ上野ほか全国にて絶賛公開中
©Loving Vincent Sp. z o.o/ Loving Vincent ltd.
【2017年/イギリス・ポーランド/96分/カラー/原題:LOVING VINCENT】

■本文中のゴッホの手紙の文章は,すべて本展カタログからの引用。

次回は,2018年1月上旬アップ予定です。

「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」

【会場】東京都美術館
【会期】2017年10月24日(火)~2018年1月8日(月・祝)
【休室日】毎週月曜日,12月31日(日),1月1日(月・祝)
【開室時間】9:30~17:30 入室は30分前まで/会期中の金曜日は20:00まで
※京都国立近代美術館(2018年1月20日~3月4日)に巡回。

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