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通常学級での特別支援教育 第22回

通常学級での特別支援教育

2018年2月13日 更新

川上 康則 東京都立矢口特別支援学校主任教諭

通常学級で特に気をつけたい特別支援教育のポイントを、新任・若手の先生方に向けて解説します。

川上康則(かわかみ・やすのり)

1974年、東京都生まれ。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザー。立教大学卒業、筑波大学大学院修了。肢体不自由、知的障害、自閉症、ADHDやLDなどの障害のある子に対する教育実践を積むとともに、地域の学校現場や保護者などからの「ちょっと気になる子」への相談支援にも携わる。著書に、『通常の学級の特別支援教育 ライブ講義 発達につまずきがある子どもの輝かせ方』(明治図書出版)、『こんなときどうする? ストーリーでわかる特別支援教育の実践』(学研プラス)など。

第22回 忘れ物が多い子・
提出物をなかなか出せない子

今日のポイント

  • 忘れ物が多かったり、提出物がなかなか出せなかったりする子どもには「ワーキングメモリ」の弱さが見られることが多い。
  • ワーキングメモリの弱さは、学習面、行動面、対人関係面など、日常生活のさまざまな領域に影響をもたらすことが知られている。また、その場で適切な判断をしたり、好ましくない行動にブレーキをかけたりすることが難しくなる場面もある。
  • これらの姿を「意欲・態度・自覚」の問題だと決めつけてしまうと、子どものミスやエラーばかりが目についてしまう。背景にある認知特性を正しく理解することが大切になる。

「ワーキングメモリ」とは

学校生活には、子どものつまずきを読み解くたくさんのヒントが詰まっています。例えば、忘れ物が多い、提出物がなかなか出せないといった姿もつまずきを読み解くヒントの一つになります。実は、これらの様子からは「ワーキングメモリ」でのつまずきを推しはかることができます。

ワーキングメモリは、脳の機能の一つです。ある物事が終わるまでは記憶を「保持」しておき、その展開にしたがって「操作・整理」し、必要がなくなればすぐに「削除」していくという特徴があります。いわば、「付箋(ふせん)紙」のような記憶です。
人間の脳の長期記憶の領域には限界があります。また、記憶をし続けるためにはものすごく多くのエネルギーを使います。そのため、目にしたことや耳にしたこと、触れて感じ取ったことなどの全てを、そのまま長期にわたって記憶し続けるわけにはいきません。自分にとって必要な情報だけを長期記憶に留めておき、どうでもいいようなことは忘却することで、脳の働きをキープします。

このように、ワーキングメモリによる一時的な記憶の保持には、日常生活のさまざまな場面における行動・判断を支えるとともに、長期記憶に負担をかけないという役割があります。

画像、忘れ物が多い子

ワーキングメモリの個人差・個人ごとの特性

付箋紙にいろいろなサイズがあるように、ワーキングメモリの能力にも「個人差」があります。容量が小さな人もいれば、多くの記憶を留めておける人もいます。
例えば、その場では「わかりました」と言っていても、少し時間がたつとすぐに忘れてしまう子がいるのは、付箋紙の中にもはがれやすいものがあるのと同じことです。記憶の残りやすさ、忘れやすさについても個人差があります。
あるいは、その場で覚えたことをすぐに使える人もいれば、じっくりと考えてから使おうとする人もいます。これも、記憶の操作・整理についての個人差が関係しています。

また、聞いたことを覚えておくのが得意なタイプの子どもがいるいっぽうで、見たことを覚えておくほうが得意なタイプの子どもがいます。さらに、身体を動かしたり、手で取り扱ったりすることで記憶に留まりやすくなるタイプの子どももいます。このように、記憶のしかたには「個人ごとの特性」があります。

子どものつまずきを読み解くためには、こうした知識が欠かせません。ワーキングメモリには「個人差」や「個人ごとの特性」があり、それに関わるつまずきが学校生活や日常生活に大きな影響をもたらしているのです。

予想外に広い、ワーキングメモリでのつまずき

ワーキングメモリでのつまずきの影響は、学習面、行動面、対人関係面など多岐にわたります。以下に主なつまずきを列挙します。なお、ここに示す項目はあくまでも「傾向」を全体的に示すものであり、チェックの数が問題になるわけではありません。

【学習面】
□ 一斉指示の聞き逃し・聞き間違いが多い
□ 作文が苦手
□ 音読の際に、たどたどしい読み方になってしまう
□ 筆算の位取りや手順を間違えてしまう
□ テストなどでのケアレス(うっかり)ミスが多い
□ ノートと黒板を見る視線の移動回数が多く、時間がかかる
□ 活動の手順を覚えきれない、作業の段取りがよくない
□ 集中が続きにくく、じっと座っていられなかったり、そわそわと体を動かしたりする
□ 指名されるのを待てずに、出し抜けに答えてしまう など

【行動面】
□ 持ち物の整理整頓が苦手
□ 机の周りや自分の部屋が散らかりやすい
□ 大切なものをなくしてしまう
□ 活動の際にそれ以外の物事に気が散りやすいため、作業が遅くなってしまう
□ その場では理解していても、すぐに忘れてしまう
□ やるべきことを最後までやり通せない
□ 行動を切り替えるべきときに切り替えられない
□ その場で適切な判断をすることや、不適切な行動にブレーキをかけることが難しい

【対人関係面】
□ 日常の活動や約束を忘れがち
□ 人との距離感が近い
□ 指摘されるとその場では気づけるがすぐに同じことをしてしまう
□ 会話の内容が逸れやすい、会話がかみ合わない、まとまりがない
□ 何度も同じことをして叱られることが多い、反省していないように見られてしまう

支援の方向性

ワーキングメモリでのつまずきは、一般的にはまだまだ知られていません。教師がこれを知らないままでいると、「意欲が足りない、自覚がない、態度が悪い、真面目にやろうとしていない」などといった精神論的な評価を下しやすくなります。ひどいときには、別の課題を課すような「罰」的な関わりで、よくない部分を直そうとする指導が行われることもあります。まずは、子どものつまずきの原因を正しく理解し、意欲・態度・自覚の問題と決めつけないようにすることが大切です。こう考えるだけでも、ミスやエラーが目につきにくくなるはずです。

また、支援の手立てを考える際には、「個人ごとの特性」を十分に踏まえる必要があります。「何度言い聞かせても伝わらない」という子は、もしかしたら言語情報が記憶に留まりにくいタイプなのかもしれません。このような場合、メモや絵カードを見せる(視覚化する)などの手立てによって伝わりやすくなることが多いので、指導と「個人ごとの特性」のマッチングを見直すとよいでしょう。

ところで、ワーキングメモリが弱いというのは、必ずしも悪いことばかりではないようです。切り替えがとても早い、ものごとに固執しない、ネガティブな感情をあまり引きずらないなどのよい部分を発揮している子どももいます。自戒を込めて言うと、私たち教師はこうした姿を見るとつい「反省していない」と決めつけてしまうところがあるのではないでしょうか。発達のつまずきは、見方しだいでは、その子の長所にもなりうるということを忘れてはいけないと思います。


〈参考文献〉
坂本條樹(2017)『基礎脳力アップパズル 発達障害のある子の認知機能を高めよう!』学研プラス

次回は、子どもに指示を出す際に気をつけるべきことについて考えます。

Illustration: Jin Kitamura


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