集まれ!1981年生まれ仲間たち!
「飛ぶ教室」は、
日本の児童文学をリードする
総合誌として、
皆様に助けられながら
今年で40周年を迎えました。
節目を迎えるにあたり
感謝の気持ちをお伝えするとともに
これからの「飛ぶ教室」にも
どうぞご期待ください!

「飛ぶ教室」とは?

ドイツの児童文学者エーリッヒ・ケストナーの名作の名を冠した「飛ぶ教室」は、1981年に創刊しました。
この言葉を袖に掲げ、「飛ぶ教室」は飛び立ちました。
童話だけでなく広く児童文化と向き合いながら、新しい児童文学の総合誌として冒険を続けています。

「飛ぶ教室」
ゆかりの作家より

※掲載は50音順です。

絵詞作家

内田(うちだ麟太郎りんたろう)さん

歌人

木下(きのした龍也たつや)さん

絵本作家

五味(ごみ太郎たろう)さん

PHOTO:AYUMI YAMAMOTO

詩人

最果(さいはてタヒたひ)さん

クリエイティブ・ユニット

tupera tuperaさん

PHOTO:RYUMON KAGIOKA

作家

(もり  絵都えと)さん

同じ1981年生まれの
仲間たちと
一緒にお祝いしよう

「飛ぶ教室」冒険の軌跡

1981年に創刊した「飛ぶ教室」は、途中10年間の充電期間を挟み、これまで第1期55巻、第2期67巻、通算122巻を発行。表紙絵には一流の画家を起用したり、新たな書き手を発掘したりするなど、「児童文学の冒険」というサブタイトルのとおり、数々の挑戦を続けながら長く愛される本づくりを続けています。
第一期1981年
創刊
12月15日、記念すべき創刊号発行。
工藤直子、まど・みちお、阪田寛夫、今江祥智、長新太といった児童文学作家と並んで、北杜夫、五木寛之などの作家も寄稿した。
年間購読の特典として、工藤直子・長新太作「てつがくのライオン」などが掲載された「創刊0号」の特別付録が付いた。
1980年代
第2号〜第4号
創刊号から、表紙絵は赤羽末吉。
第5号〜第8号
表紙絵が長新太に。永井豪や志茂田景樹、半村良などによる意欲的な作品も掲載された。
第9号〜第12号
新人創作特集を組むなど、児童文学のすそ野を広げる取り組みが始まる。現在の公募選考で選者を務める川島誠も、このとき新人として作品が掲載。
第13号〜第16号
河合隼雄による連載「あなたが子どもだったころ」が始まる。鶴見俊輔、筒井康隆、毛利衛などへのインタビューは単行本にまとめられた。
表紙絵が、司修に。

さらに読み込む

“澱んだ教室の空気を入れかえるには、
窓をあけるしかありません。
窓を思いきりあけ放ち、いっそそのまま空高く教室ごと飛びだせたら、
どれほど壮快でしょうか。
子どもの本にいま新しい光をあてるには、子どもも大人も教室ごと飛びだすしかない。”

創刊当時の編集人は、石森延男、今江祥智、尾崎秀樹、河合隼雄、栗原一登、阪田寛夫という顔ぶれでした。
今となっては、6人の中のどなたがこれを書かれたのか確かめようもありませんが、創刊以来ある「児童文学の冒険」というサブタイトルからも、過去のどの児童文学誌とも違う新しいものを作ろうとした、先人たちのたぎるような思いがうかがえます。

先人たちが追い求めたものが、まだ届かない未来にあるとしても、改めてこの文章を目にしたとき、40年という時の流れを感じずにはおれません。
「澱んだ空気」とともにあった「教室」は、子どもたちにとって、昔より少し開かれた、特別でない空間に変わりつつあります。
「子どもの本と大人の本」の境界線も、昔ほどははっきりしたものではなくなった気がします。

時代は移り、世界は変わる。
何事も自然とそうなったわけではなく、何人かの「向こう見ずな冒険者たち」がいたから、少しずつ形を変えていった。児童文学の世界も、例外ではなかったと思います。
そんな中、もしかして「飛ぶ教室」が一つの役目を果たせたのだとしたら、これほどうれしいことはありません。
今日までの40年間、読者の皆さんの人生に、いろいろな事件や出来事があったように、「飛ぶ教室」の書き手や編集者も、ずいぶんと代替わりしました。
この先、何が待っているのかはわかりませんが、「飛ぶ教室」が「諦めの悪い冒険者」でいることだけは、これからも変わらないはずです。