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通常学級での特別支援教育 第32回

通常学級での特別支援教育

2018年12月12日 更新

川上 康則 東京都立矢口特別支援学校主任教諭

通常学級で特に気をつけたい特別支援教育のポイントを、新任・若手の先生方に向けて解説します。

川上康則(かわかみ・やすのり)

1974年、東京都生まれ。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザー。立教大学卒業、筑波大学大学院修了。肢体不自由、知的障害、自閉症、ADHDやLDなどの障害のある子に対する教育実践を積むとともに、地域の学校現場や保護者などからの「ちょっと気になる子」への相談支援にも携わる。著書に、『通常の学級の特別支援教育 ライブ講義 発達につまずきがある子どもの輝かせ方』(明治図書出版)、『こんなときどうする? ストーリーでわかる特別支援教育の実践』(学研プラス)など。

第32回 子どもの心に届く叱り方(2)

今日のポイント

  • 子どもの心に届く叱り方をするためには「覚悟・基準・技術」が必要だということを第31回では述べたが、これはいわば、プロフェッショナルの「達人ワザ」「応用編」であり、経験が十分でない教師がそのまま実践すると「空回り」することがある。
  • 叱り方の基礎・基本を整理すると、0歳~5歳までの乳幼児期段階の接し方にヒントを得ることができる。
  • 現状では、叱り方の基礎・基本はほとんど議論されていない。年長者が「叱るべきときは叱らねば!」などと若手教師や保護者に突き付けることは、かえって「どう叱ればよいのかわからない」というとまどいを引き起こすだけである。

基礎・基本を踏まえずに「達人ワザ」に挑むと空回りする

前回は、子どもの心に届く叱り方を実現するために、「覚悟」をもつこと、「基準」を示すこと、「技術」を磨き続けること、の三つが不可欠だという話をしました。

第31回 子どもの心に届く叱り方(1)

しかし、前回紹介した「覚悟」「基準」「技術」のエピソードのほとんどは、実は優れた実践家が長年の指導経験を踏まえて築き上げてきた、いわば「熟達者の達人ワザ」とでもいえるようなレベルの話です。もし経験が十分でない教師がそのまま実践すると、「同じようにしたのにうまくいかない」「かえって、子どもや保護者からの不満や不信感をあおってしまった」などのような「空回り」を引き起こしてしまうという現実に直面するかもしれません。

そこで今回は、叱り方の基礎・基本を整理したいと思います。

画像、叱り方の基礎・基本

叱ることの基本は、「子どもの行動を止める」こと

叱り方の基礎・基本について、私は「乳児期(0歳児)から幼児期までの段階的な接し方を参考にして、その子どもの実態に合わせて使うこと」と説明しています。

(1) 0歳から1歳前半までの発達段階 = 1語文で叱る、行動を止める

この時期の子どもは、言語理解そのものが未熟です。叱るとき、言葉は1語で伝える必要があります。具体的には、「ダメ!」「メッ!」「イタイイタイ!」「エーンだよ!」「アチチね!」などが挙げられます。言葉で行動を制止することが難しい場合は、身体ごと止めます。そして、理解しているか確認します。

例えば、触っては危険だという物が目の前にあったときに「触っちゃダメ!」と行動を止めた後に、その子の手を取って「触ってみるかい?」という誘導をします。そこで子どもがすかさず手を引き戻したり、「メッ」と言ってくれたりしたら、すぐに「そうだよ。よくわかっているね」と伝えます。仮にそのまま触ってしまうようであれば、やはり「メッ」と伝えて繰り返し教えます。

(2) 1歳後半から2歳頃の発達段階 = 次に取るべき行動を具体的に指示する

この時期の子どもは、2語文~3語文で話すようになります。ですから、叱るときも2語文・3語文で伝えることが効果的です。例えば、友達のおもちゃを取ったときなどに「これは〇〇ちゃんの! 返します!」と伝えます。次に取るべき行動を、具体的・直接的に指示する叱り方です。

この時期は、「〇〇したい」という自我の芽生えによって自分の思いが強くなる時期(いわゆる「イヤイヤ期の初期段階」)です。一度で言うことを聞かせようとせず、繰り返し伝え、「我慢の力」を育てる段階といえます。
大人に言われてしぶしぶ返すというのでも「我慢できた場面」だと評価しましょう。我慢は「すんなり諦める」ことではなく、「折り合いをつける」という主体的な行動です。

(3) 3歳前後の発達段階 = 子どもがイメージできるように伝える

3歳前後は、経験から学べるようになる段階で、なおかつ言語・コミュニケーション面でも著しい発達を見せます。
この時期の子どもは「象徴機能」における成長が特徴的です。象徴機能とは、「『赤信号』を見たら『止まる』」など、現実にはその場にない物事・行動を「他のもの」に置き換えて表現する働きのことをいいます。象徴機能が発達するからこそ、見立て遊びやごっこ遊びが可能になります。したがって、子どもがイメージできるように叱ることが求められます。

例えば、「砂は投げちゃダメ。目に入ると痛い」「それをしたら、後で〇〇をできなくなるよね」「本当は仲良くしたかったんだよね。こんなことするつもりはなかったでしょう」などと伝えます。
どこまでやれば叱られるか、わかっていて試すような子どももいます。頭ごなしに叱ることは、この段階から、もう難しくなります。

(4) 4歳前後の発達段階 = 他者の心に関心を向けさせる言葉で叱る

4歳前後になると、他者の気持ちや他者からの視線が理解できるようになってきます。叱る際には、他者の心に関心を向けさせるような言葉で伝えるようにします。

例えば、「そんなこと言われたら、先生は悲しいな」といった「I(アイ)メッセージ」での叱り方や「そんなことすると、恥ずかしいよね」という他者視点に立った言葉が通じるようになる段階です。

(5) 5歳前後の発達段階 = 叱る理由を明確に伝え、納得を引き出す

5歳前後になると、欲しいものがあっても「お年玉で買おうね」「誕生日まで我慢できるね」などというように、かなり先のことへの見通しが立つようになってきます。つまり、因果関係や物事の経過が理解できるようになるということです。
これから起こることも予測できるようになる段階です。叱る理由を明確に伝え、子どもの納得を引き出すようにします。

例えば、意図的ではない偶発的なハプニングであったとしても、友達の作品を壊してしまったとしたら、「これは、〇〇ちゃんが一生懸命作ったんだよ。〇〇ちゃんに正直に話して、謝りましょう」と伝えるようにします。
そのときもし、「でも、わざとじゃない」という言葉が返ってきたら、5歳レベルで対応するのではなく、4歳レベルに下げて「わざとじゃないよね。でも、壊された〇〇ちゃんは悲しいよね」と伝えるようにします。

ここまでに示した五つの叱り方は、乳幼児への関わりをヒントにしていますが、乳幼児だけを対象とするわけではありません。学齢期・思春期の子どもたちに関わる場合にも、こうした基礎・基本を踏まえ、そのうえで「熟達者のワザ」に学ぶことが肝要だと思います。

叱り方の基礎・基本は、ほとんど議論されてこなかった

今回は、叱り方の基礎・基本についてまとめました。

オリンピック選手やその道のプロフェッショナルの技術をそのままビギナーがまねしてもうまくいかないように、物事には基礎・基本・応用という順序があります。叱り方にも基礎・基本があり、それを飛び越していきなり前回紹介したような応用編に挑もうとするのは無謀だと思います。

残念なことに、叱り方の基礎・基本は、これまで学校現場でほとんど議論されてきませんでした。特別支援教育に携わる立場から言わせていただければ、一足飛びに「応用編」が語られていることに違和感を覚えずにはいられません。
これは学校教育の場に限ったことではありません。家庭での子育てや保育・幼児教育の場においても、叱り方の基礎・基本はほとんど整理されていないのが現状です。

こうした基礎・基本がなかば棚上げにされたままの状態であるにもかかわらず、年配者が「叱るべきときは叱らねば!」と若手教師や子育て中の保護者に突き付けるのは、かえって「どう叱ればいいのかわからない」というとまどいを引き起こすだけなのではないでしょうか。

次回は、行動を制止されるとかんしゃくを起こす子との関わり方について取り上げます。

Illustration: Jin Kitamura


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