どうする? 再開後の授業 【第2回】コロナ禍の今だからできる、授業のアイデア

2020年7月8日公開

秋田県大仙市立西仙北中学校教諭 田中真二朗

前回は、再開後の授業を行うための学習環境の工夫についてご紹介しました。今回は、現在の社会情勢を生かした、具体的な授業の内容について述べたいと思います。

現在の情況を生かした授業をしよう

現在は大変な情況下にありますが、「生活や社会の中の美術や美術文化はどうなったのか」ということについて、生徒が考えるよい機会にもなると感じています。

例えば、感染拡大防止のための行動である「ソーシャルディスタンス」(社会的距離)という言葉が広まりました。それに伴い、街中や商店などさまざまな場所で、人と人がとるべき距離の目安などが、ポスターやマークなどで示されるようになりました。このように、人々にソーシャルディスタンスを保つ行動を促すためにデザインが役に立っているということは、生徒が生活の中で実感していることだと思います。

いっぽうで、前回もお話したように、学校というのは三密が非常に発生しやすい場所です。ここで考えさせたいのが、デザインによって、この「学校内のソーシャルディスタンス」という課題をどうクリアするかということです。

学校では、教師が対策を考えて指示を出せばすぐに解決してしまうかもしれません。しかし、その対策を生徒自身が考えることは、大きな学びになるのではないでしょうか。

例えば、学校で特に密になりやすい状況を想定してピクトグラムを制作し掲示したり、美術室やその他の教室で、密を避けるための行動を促すためのデザインを考えたりすることは、デザインの見方や考え方を深める絶好の機会になるでしょう。

生徒自身がデザインによる対策を考え、学校内で実践して検証することで、デザインに対する考え方が高まると考えます。この情勢下でできないことは増えていますが、この情勢下だからこそ学べることを見つけていきたいものです。

(当然ですが、生徒に対策を丸投げするということではありません。教師側で安全面を検証し、学校としての対策をしっかり講じる必要があるのはもちろんのことです。)

三密防止を呼びかけるデザインから学ぶ授業のアイデア

学校内のソーシャルディスタンスという課題を解決するためのデザインを実際に制作する授業は、非常に学びの多いものになると考えます。

しかし、授業時間は限られています。実際に制作するとなると、特に今は時間が足りないかもしれません。そこで、現在の情勢を生かしてデザインの見方や考え方を学ぶために、三密防止に関わる広告媒体を持ち寄って鑑賞したり、人に訴えかける要素を見つけ出したりしながら、デザインで学ぶべきことを見つめるのも一つの授業として成立するでしょう。

ここで、デザインの伝達に関する授業を構想してみましょう。ソーシャルディスタンスを啓発するポスターや広告がさまざまなところで制作され目にする機会も増えましたし、インターネット上からダウンロードできるものも多くあります。それらを印刷し、比較鑑賞を行い批評し合う授業ができるのではないでしょうか。

例えば、以下の三つの広告やポスターを鑑賞して、工夫している点(色や形などの共通事項)を探します。

(1) 広告「離れていても心はひとつ」(岐阜新聞)

これは、2020年5月6日付の朝刊に掲載された、岐阜新聞の広告です。近くから見ると、黒い四角形と白い丸の集まりにしか見えません。しかし、遠くから見ると、「離れていても心はひとつ」という文字が浮かび上がってきます。今の社会で必要とされている「離れること」を行うことで初めてメッセージが見えてくるようにした、インタラクティブなポスターの好例です。他者に伝えるとはどういうことか、どうすればより伝わりやすくなるのか、この広告をもとに話し合い、考えてみましょう。

(2) ポスター「2mの距離をとろうね:ソーシャル・ディスタンシング(Social Distancing)」(おうね。)

このポスターは、シンプルなデザインで、訴えたいメッセージが視覚的にすぐわかるようになっています。サイト(下記リンク)から、さまざまなサイズの画像がダウンロードできるようになっています。

株式会社オーネット「おうね。」

デザイン制作の背景として、今の状況に怯えている方やストレスを抱えている方にも活用してもらえるように、柔らかいデザインで仕上げた、ということが語られています。

このポスターの画面全体を見て、どんな印象を受けるか話し合わせます。人の位置関係や余白部分がかなり多いことに気づき、画面全体から「離れる」という印象を受けるのではないでしょうか。余計な情報を極力抑えて、必要な情報のみを的確に配置するという伝達の方法に気づくことになると思います。字体からも優しい印象を受けますし、文字の間隔もやや広くあけていることに気づくと思います。

(3) ポスター「1ビートルズ離れよう」「たたみ一畳離れよう」(PANDAID)

(3)のポスターは、人と人がとるべき2mの距離をビートルズのCDジャケットやたたみなどに例えて、視覚的に、かつユーモアたっぷりに伝えています。色数を限定することでインパクトもあり、情報の読み取りがしやすくなる効果があると思います。また、情報を視覚的にわかりやすくするインフォグラフィックの方法もとっています。しかも、このサイトでは、下の画像のように、2mをあらわすものを自分で考えて記入できる画像もダウンロードできるようになっています。

これを使えば、短時間でも伝達について楽しく考えることができるかもしれません。

ここまで紹介した三つのデザインを比較させ、伝えたい情報を「伝達」する際の工夫点についてそれぞれ挙げさせます。

・1枚目は、実際に読者が離れるという行動をとらなければ読み取ることができない状況をつくることで意識させる。
・2枚目は、情報の意図的な配置により伝えたい情報を印象づける。
・3枚目は、身近なものや面白さから「距離」を意識させるという工夫点の他に、インフォグラフィックを用いたり、色数を制限したりして一目で情報が伝わるような工夫がある。

これら三つの工夫点を基に、生徒が持ち寄ったポスター等を鑑賞させると、これまで気づかなかった造形的なポイントに気づく機会になると思います。ポスターに限らずとも、身の回りにあふれている情報を造形的な視点で見ることで「情報を受ける側の意識」と「情報を発信する側の意識」がそれぞれ見えてくるのではないでしょうか。

このように校内に展示して意識させるのもよい

限られた時間を有効に使おう

授業時数が限られている中、何時間もかけて制作せずとも、美術における見方・考え方を身に付けることができると考えています。もちろん、実感的に理解させるには、制作するのがいちばんです。制作する際も、時間を有効活用できるよう、画用紙サイズを小さくする方法や、P Cのプレゼンテーションソフトを用いて文字の配置、構図、色合いなどを考えて試行錯誤させる方法もあります。

 「これまでこのようにやってきた」という考え方を一度崩し、授業で身に付けさせたい資質・能力は何なのかを見つめると、新たな授業スタイルが見えてくると思います。全国の先生方が試行錯誤してつくりあげた授業を、ぜひ共有していきたいと思っています。

【協力】

岐阜新聞

株式会社オーネット「おうね。」

NOSIGNER/PANDAID

田中 真二朗(たなか・しんじろう)

秋田県生まれ。秋田県大仙市立西仙北中学校教諭。宮城教育大学大学院修了後、宮城県私立高校非常勤講師、秋田県内の公立中学校を経て、2013年4月より現職。教育課程研究指定校(国立教育政策研究所、平成26年~28年度指定)。2012年、博報賞受賞。近著に『中学校美術サポートBOOKS 造形的な見方・考え方を働かせる 中学校美術題材&授業プラン36 』(明治図書 2019年)がある。光村図書中学校『美術』教科書の著作者。

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