特別エッセイ 中村桂子

一人一人が自分で考え行動することの大切さ

2020年6月18日公開

6年「今、あなたに考えてほしいこと」筆者
JT生命誌研究館名誉館長 中村桂子

安全に気をつけながらですが、またみんな学校に行けるようになって、ひとまずほっとしましたね。本格的になるにはまだ時間がかかりそうですが、日常が戻ってきました。
思いがけず、みんなが辛い思いをしたのですから、この体験を生かして、以前の日常よりもっと生き生き暮らせる社会にしたいと思います。

私たちは、子どもたちを一つのもの差しで測り、一列に並べた競争社会を作ってきました。生きものの研究をしている私には、それは子どもを機械と同じに見ているように思えてなりませんでした。子どもは生きものであり一人一人違うんだ。それが大事なんだと思っても、なかなか受け入れられませんでした。でも今回の新型コロナウイルス感染拡大という体験から、少し考え方が変わるかなと期待しています。

今は先端科学技術社会であり、面倒な問題は専門家が解決してくれ、私たちはボタンを押せば思い通りに動く機械に囲まれて暮らしてきました。でもコロナにはそれは通用しません。
一人一人が手洗いとマスクの着用が基本となり、それだけでは対応できないとの判断から、「家にいよう」となりました。自分の行動が自分の身を守るだけでなく、周囲の人を守り、それで世界が救われる。一人一人の力が大切なのです。教育では一人一人の大切さを言いますが、実感するのはなかなか難しいものです。しかしここでは、小さな行動が世界とつながるということがはっきり見えます。誰も見ていなくても自分の意志できちんとやることの大切さを知るよい機会になったのではないでしょうか。

家で過ごした日々の様子は、家庭の事情によってかなり違っていたでしょう。経済的に厳しくなった家庭も少なくないと思います。教育は本来、一律に教えこんで順位をつけるものではなく、一人一人の特徴を見つけ出し、そこからよいものを引き出すことで、個性ある人を育てるものです(釈迦に説法ですね)。子ども一人一人に向き合うのは大変ですが、それをやらなければ、自律的に生きる人にはなりません。

わからないことがたくさんあり、それに対処する必要があることを知らされた今、自分で考えることの大切さが浮かび上がりました。困難なことでしたが、自分も他の人も尊重する人間でなければそれには向き合えず、そのような人を育てるのが教育だということが見えてきたのではないでしょうか。
教育の基本再確認の時。しろうとが生意気なことを申しますが、そんな風に思っています。


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