ICT を活用したコミュニケーション支援① ICTの可能性

ICT を活用したコミュニケーション支援
第1回 ICTの可能性

2020年10月13日公開

前 香川県小豆島町立苗羽小学校長 川井 文代

楽しいことなら

今から7年ほど前のことだ。2年生の担任が、ある子供に九九を覚えさせようとして悪戦苦闘していた。担任は、九九をしっかり定着させないと3年からの割り算をはじめとする学習につまずくからと、熱心に指導していた。しかし、力を入れて指導しようとすればするほど、子供は逃げ出そうとする。校長として、担任の熱意や愛情を教育効果に繋ぎ、負担軽減を図りたい。何かいい方法はないだろうか。と思った。
私は、その子供はゲーム好きだというところに目を付けた。楽しいことならできるかも。九九をゲームで覚えさせてはどうだろう。担任に了承してもらい、IT(Information Technology 情報技術)に詳しい先生に九九の楽しいコンピューターゲームを探してもらった。その子供はやり方をすぐ覚えて、にこにこしながら1時間も九九ゲームをやっていた。その後も何度も熱心に取り組んでいた。
学習方法はもっと柔軟であるべきだ、ITに新たな手掛かりがあると実感した。

感情を記録する

学習効果を上げるには、タブレットが一人一台必要だと思った。支援ツールとして広げていくためには、特別支援学級の児童から始めることがよいのではないかとも思った。そこで、設備費用は企業の助成金に応募して用意した。実際の指導は、ICT(Information and Communication Technology 情報通信科学)を活用した特別支援教育を専門に研究している坂井聡教授に相談した。

※坂井聡……香川大学教育学部教授。同大学附属坂出小学校・附属幼稚園 校園長。

坂井教授には、アプリを使って感情コントロールをしていく提案をされた。当時、私が勤務していた学校には、感情のコントロールが上手くいかず、教室離脱やコミュニケーショントラブルが多い子供が多かったので、提案を受け入れ、さっそく実践に移した。
そのアプリは、出来事を5W1Hとその時の感情に分けて記録していくというものだった。記録といっても、文章を打ち込むわけではなく5W1Hは絵や文字を選んでキーを押すだけでよく、感情のレベルは0からMaxの間のどのあたりかをクリックするだけである。毎日の学習の振り返りやトラブルがあった時などに使用していった。簡単に記録でき、仕上がりはカラフルで美しい。継続しやすく、記録も蓄積しやすかった。

※アプリの詳細については、リンク先を参照 →「コミュニケーション支援 きもち日記」FUJITSU 文教ソリューション(外部サイト)

取り組み始めたころは、こんな簡単なことで効果があるのだろうかと思っていた。しかし、日に日に子供たちが落ち着いてきて、笑顔が増えた。学力も飛躍的に伸びた。驚くべき変化だった。特に効果があったのは、トラブル後の使用だったと分析している。教師もタブレットに記録したものを見ながら、「悔しかったね。」などと気持ちを受け止めながら、なぜそうなったのか、どうすべきだったかなどを話し合うことがしやすくなった。叱るのではなく、子供自身で解決していく支援的な指導ができるようになった。そのことが、負の感情は抑え込むのではなく、表出の仕方を間違えなければ表現してもよいという安心感を生み、子供たちからの教師への信頼も厚くなった。

ICTの可能性

取り組み始めて1年もたたないうちに、特別支援学級の子供たちはカメラも使いこなして記録を取ったり、検索したりもできるようになっていた。私が学級に入って「やってみてもいい?」と言うと、我先にと教えてくれる。できる自信にあふれていて頼もしくさえ感じた。
私たちは、今までの指導方法にこだわりすぎて、子供たちの本来もっている力を伸ばせていないのではないか。九九を覚えさせるのにもいろいろなアプローチがあるように、学習指導、生徒指導、あらゆる場面で柔軟に効果的な方法を与えていくことが大切なのだと教えられた。ICTはその大きな支援になると確信した。


 

川井文代(かわい・ふみよ)

元小学校校長、前香川県小学校教育研究会国語部会長

パナソニック教育助成校として、感情コントロールアプリの教育実践など、ICT教育に携わる。自尊意識を高める学校教育の在り方や、 アクティブ・ラーニングの授業の研究・実践を行う。

Illustration: ひこ

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