滋賀県立美術館ディレクター 保坂健二朗が選んだこの1点
「誰かの作品」

作者の言葉
私が美術館で見る高尚な絵よりも、素朴な自然体の絵というものに興味がありました。それでいうと誰へ向けた絵でもなく、後世に残そうとするわけでもない、消えてしまう落書きは、自然体で内から出る絵だと思います。日常にひっそりとひそむそれは、いつも見られていないけれど作品になりえるものです。
私が選んだ理由
「絵によって、絵を語る」
芸術の起源を洞窟絵画に求める人は少なくない。しかし忘れてならないのは、消えてしまった起源があったかもしれない可能性だ。たとえば波打ち際に描かれた絵のように。絵によって絵について語るその方法をメタ絵画と言うが、この絵はまさにそれ。「砂浜に描かれた絵」を自分でキャンバス上に描きつつそれを「誰かの絵」として提出したり、人物像の手の傍に枝を添えたりと、コンセプトがよく練られている。砂を巻き込んだ波の描写も見事だ。

保坂健二朗
1976年茨城県生まれ。滋賀県立美術館ディレクター。光村図書高等学校『美術』教科書の編集委員。
2025年6月4日公開