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3 自分の見方で見る

レオナルド・ダ・ヴィンチの《モナリザ》は世界でもっとも有名な絵の一つでしょう。

この絵を知らない大人はまずいないと思います。しかし,私たちは《モナリザ》を本当に鑑賞したことがあるのでしょうか?

この絵はリザ・ゲラルディーニ・ジョコンドを描いたもので,モナリザという画題もそこから来ているとか,顔の右が女性で左が男性らしいとか,レオナルド自身が女装しているのではとか,このモデルは妊娠しているとかなどの,どこかで仕入れた知識をもとに《モナリザ》を見ているのではないでしょうか。知識と照合するような見方をもって,鑑賞したと思いこんでいるとすれば不幸なことです。

小さな子どもたちは《モナリザ》について何も知識をもっていません。この絵が《モナリザ》だということも知らないのです。では,彼らはこの絵をどのように見るのでしょうか。

「田中くんのお母さん」という画題を付けた子がいました。彼は友だちのお母さんの顔という自分の生活から得た知識をもとにこの絵を見たのです。「ヤンキー」という画題を付けた子は,モナリザに眉毛がないことを発見し,やはり自分の生活知(たまたま周りに眉毛をそった恐い感じのお姉さんがいたこと)から「ヤンキー」という題を付けたのです。

自分の生活から得た知識,経験をもとに見る。つまり自分との関係性で見るということが鑑賞では重要なことなのです。ちょうど小説を読むという行為が,読者が意味をつくりだすという行為であることと同様に。小説の中で起こる出来事を自分の生活から得た知識や経験をもとにして自分なりに解釈したり,主人公の生き方や考え方を自分と同化させたり,対比させてみたりして読むことが,小説を読む楽しみであり,その行為をわたしたちは文学鑑賞ととらえている。なぜ美術鑑賞を同じようにとらえないのでしょう。

「手が痛い人」という画題を付けた子もいました。この子は手に注目したのです。《モナリザ》を見て手に注目する人は少ないかもしれませんが,絵は自分が見たいところから見ればよいのです。

絵は見たいところから見てよい。そして絵を自分との関係性で見ること。これは,感じたこと考えたことを大切にして自分の見方で見るということです。これも絵を鑑賞し楽しむ手がかりのひとつです。

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『風神雷神はなぜ笑っているのか 対話による鑑賞完全講座』 (上野行一 著)