美術鑑賞を楽しむ6つの手がかり
2015年1月22日 更新
「作品の見方に自信がない」――そのような声をよく聞きます。しかし、美術は本来自由なもの。難しく考えず、自分の見方で自由に鑑賞したいものです。本コーナーでは、光村図書中学校・高等学校『美術』教科書の著者を務める上野行一先生に、美術鑑賞を楽しむ手がかりをご紹介いただきます。
絵のなかに人物が描かれていたら、その人が何を言っているか想像してみるのもひとつの方法です。マンガのように吹き出しがあると仮定し、せりふを考えてみるだけで絵を見るのが楽しくなってきます。実際の発話でなくても、人物の心のつぶやきでも構いません。人物のせりふをきっかけに、絵のなかで起こっていることや状況などを想像していくことができるのです。
もし、人物が複数描かれていたら、その関係に思いを馳せてみることもできます。たとえば、DIC川村記念美術館にある、モイーズ・キスリングの《姉妹》を見てみましょう(※)。
長い間笑いを忘れたような表情。髪の色が違うけれど二人の顔はよく似ています。後ろにいるのが姉で、妹はまだ幼い。妹は弱々しく頼りなさげで、姉のほうがしっかりとしている。第一印象はそんなところでしょう。多くの人は、そこで鑑賞を終わってしまうのではないでしょうか。
では二人の会話を想像してみましょう。しぐさや表情から、また視線の先に何があるかなどという視点から想像してみるのです。二人の視線は絵の外に向かっています。そこに誰かいるのでしょうか。二人は心配そうに見守っているようです。妹の表情は「大丈夫かしら」と言っているようにも見えます。この暗い部屋で姉妹の視線の先にいるのは近親者かもしれません。姉は妹の両肩を包み込むように手を乗せ、「大丈夫よ。心配しなくていいから」と語りかけているようです。それは姉の足元を見ればわかることです。二人は足を揃えるようにして立っていますが、姉のつま先は妹のほうへ向けられている。目に強い意志が感じられるのも、妹を励ますと同時に、自分自身を励ましているのかもしれません。
こんなふうに絵を注意深く見て、描かれた人物が何を言っているかを考えることは、その人物の内面や、その人物の置かれている状況を推理することにもなります。自然と、絵のなかの人物に自分や知人を重ねていることに気がつくでしょう。自分の経験と重なることも少なくありません。このような見方をすることを通して、絵がぐっと身近に感じられるようになるでしょう。
『私の中の自由な美術 鑑賞教育で育む力』(上野行一 著)
対話による美術鑑賞の決定版!
『風神雷神はなぜ笑っているのか 対話による鑑賞完全講座』 (上野行一 著)