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Story 1 「ウナギのなぞを追って」のその後

塚本 勝巳(海洋生物学者)

2015年1月1日 更新

塚本 勝巳 海洋生物学者

このコーナーでは、教科書教材の作者や筆者をゲストに迎え、お話を伺います。教材にまつわるお話や日頃から感じておられることなどを、先生方や子どもたちへのメッセージとして、語っていただきます。

「ウナギのなぞを追って」は、「今年もマリアナの海へやって来ました」という一文から始まりますが、今年(2013年)も行かれたのですか。

はい、行きました。今回は、卵をとったり親ウナギをとったりするのが目的ではなくて、ウナギの産卵シーンを撮るために。
「ウナギのなぞを追って」は、プレレプトセファルス(※1)がとれたところで終わっていますよね。「白いあみがゆらゆらと上がって」、「白い糸くずのようなものがたくさん」出てきたって。それが2005年のことだったんですが、その後、2007年、2008年と続けてプレレプトセファルスがとれて、2008年には水産庁の開洋丸が同じ海域で親ウナギもとった。産卵のためにこの海域でウロウロしているウナギをとれる時代になったということです。

塚本 勝巳(海洋生物学者)

それで2009年、やはり5月の新月に同じ海域で調査をしたところ、ついに世界初の卵がとれて。そのときはみんなで、良かったね、良かったねと言って大喜びしました。サッカー選手がゴールを決めると、ピッチにひざまずいて天を仰いで祈りますよね。あんなような気持ちでしたね。

それからは順調でしたか。

そうですね、その後、2011年、2012年の5月・6月と、2009年から続けて計4回卵がとれました。初めは全くのラッキーだと思っていたんだけど、ここだろうと予想するとその場所、そのタイミングで確実にとれるようになったということ、これはやっぱり科学の勝利なんじゃないかと思うようになりましたね。

例えば野球選手には調子の良いときと悪いときがあって、長いスランプもあったりしますよね。最高の状態を維持するのがけっこう難しい。けれど、科学っていうのは一度誰かがブレイクスルーをしたら、そのとおりの手法やメカニズムで行えば誰にでも同じことが再現できる。そうでなければ科学じゃないんです。だから、最初は僕らも卵がとれたときにはびっくりして、大騒ぎしていたんだけど、そのラッキーが3度4度と続くと、これはもう我々の仮説は間違っていなかったと自信をもつようになったわけです。

塚本 勝巳(海洋生物学者)

日本では1930年代からウナギの産卵場探しが始まりましたが、卵の発見まで70年余り。なぜこれほど時間がかかったのでしょう。

それはね、まさに限られた時期の限られた場所にしか卵がないからなんです。この広い太平洋の中で、あの西マリアナ海嶺の南端部っていうピンポイントでしか卵を産まない。おまけに卵である期間は1.5日しかなくて、1.6日目からはもうプレレプトセファルスになるんですよ。
研究航海を任され、レプトセファルス(※2)の採集を始めたとき、僕らはグリッドサーベイという科学的調査方法をとり入れていました。グリッド、つまり格子状に測点を設けて、広い海を碁盤の目に調査していく。どこでとれて、どこでとれないかのデータを集めることが大事なんですね。とれない場所にはとれない理由があるはずだし、それも大事な資料になるんです。

塚本 勝巳(海洋生物学者)

最初は100キロぐらいの広い間隔でグリッドを引いて、確実にいるところが分かったら、そこを中心にだんだんグリッドを細かくしていきました。最初に卵がとれたときは28キロ間隔で調査をしていました。山手線の南北の長さがだいたい13キロなので、28キロといったら品川から大宮ぐらい。品川で網を上げたら一目散に大宮まで飛んでいってまた網を引くようなもの。1回3週間の航海で、だいたい80測点あるから、これを80回繰り返すわけです。
使う網はビッグフィッシュという、口径3メートルくらいのものなんですが、これを80回使って濾過できる水の量は東京ドーム2杯分。東京ドームといったら大きいというイメージがあるでしょう? でも、山手線の中で見たら水道橋駅の横にある、とても小さな点の一つ。品川から大宮の広いエリアの中で探しものをしていて、それがちょうど東京ドームにあるなんて想像できます? だから最初は全くの偶然による幸運だと思いましたね。

まさに天文学的な確率だったのですね。そして、今は産卵シーンの撮影に挑戦されていると伺いましたが。

卵が確実にとれるようになったから、次は産卵シーンを見たいと考えています。先ほど卵の期間は1.5日と言いましたけど、産卵シーンというのは本当に一瞬です。それに、親ウナギたちは、卵よりさらに狭い範囲にかたまっています。一辺10メートルの四角い箱の中にかたまって、オスとメスがパーッと放卵・放精して一瞬で終わるものを見ようと思ったら極めて難しい。でも、産卵シーンが撮れれば、オスとメスがあの広い海の中でどうやってお互いを見つけるのかっていう、そのメカニズムが分かるんですよね。それが分かるとすごく楽しいし、ワクワクしますよね。

塚本 勝巳(海洋生物学者)

それで、昨年は産卵シーンを探しにいったんですけど、残念ながら、撮れたのはウナギかどうかの確証がまだない、怪しいボケボケの画像だけ(笑)。それが、今我々の持っている最新データです。「マリアナのウッシー」と名づけました。これから計画しているのは、人工的に成熟させた「おとりウナギ」を入れたパイプを産卵水深に漂わせて、これにおびき寄せられて産卵行動に至った親ウナギを撮影しようという「ウナギUFO計画」です。

※1 プレレプトセファルス:ウナギなどの魚類の孵化直後の幼生。卵黄を栄養源として成長する。
※2 レプトセファルス:プレレプトセファルスから成長した、透明で細長い葉のような形をした幼生。プランクトンなど外界のエサを摂取する。

Photo: Shunsuke Suzuki Text: Marie Usuki

 

塚本 勝巳 [つかもと・かつみ]

1948年、岡山県生まれ。東京大学大気海洋研究所教授を経て、現在、日本大学生物資源科学部教授。農学博士。専門は海洋生命科学。2009年5月、世界で初めて天然のウナギ卵をマリアナ沖で採取し、産卵地点の特定に成功。2012年日本学士院エディンバラ公賞、2013年海洋立国推進功労者表彰(内閣総理大臣賞)など受賞。主な著書に『旅するウナギ 1億年の時空を越えて』(東海大学出版会、共著)、『ウナギ 大回遊の謎』(PHP新書)、『世界でいちばん詳しいウナギの話』(飛鳥新社)など。また、光村図書 小学校「国語」教科書(4年下)に「ウナギのなぞを追って」を掲載。

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