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第9回 叱られたときに自分を守る行動を取る子 ――適応機制(Adjustment mechanisms)

子ども理解の 「そこ大事!」

2022年1月27日 更新

川上 康則 東京都立矢口特別支援学校主任教諭

子どもたちとの距離を埋めるための大事なポイントを整理して、具体的に解説します。

第9回 叱られたときに自分を守る行動を取る子
――適応機制(Adjustment mechanisms)

心が揺さぶられたときに、人が無意識に取る行動

私たちは、不安・緊張・憤りなどの不快感情を抱いたときに心を揺さぶられるような気持ちになります。そして、「なんとかして心の安定状態を維持しよう」としたり、「心の平穏を取り戻そう」としたりしたくなります。
このように、心理的に追い込まれた状況に適応すべく、落ち着いた状態を回復しようとするときに、無意識に取るさまざまな手段のことを「適応機制(Adjustment mechanismsまたはAdaptive mechanisms)」といいます。

適応機制の中には、相手に対する攻撃的な行動や、その状況からの逃避的な行動などが含まれます。また、他者のせいにしたり、言い訳をしたり、先回りして予防線を張ったりするような「防衛的行動」も適応機制の一つとして挙げられます。
具体的な場面を例とすると、以下のようなものが挙げられます。

  • 追い詰められそうなときに、激しい怒りや抗議を示す(攻撃的)
  • 自分に非があるのに責任が問われないように逃げたり、解決を先延ばしにしたりする(逃避的)
  • 叱られているときに、「自分は悪くない」と否認の姿勢を示す(防衛的)
  • 謝罪を強く求められたときに、「あいつのせいでこうなった」と他責の姿勢を示す(防衛的)
  • 言い逃れや負け惜しみなどで、マイナスの感情を軽減しようとする(防衛的)

こうした行動は、一見すると、自分勝手で反省しようとしない姿だと感じられるかもしれませんが、当の本人からすると、必ずしもそういう側面ばかりではありません。
適応機制に基づく種々の行動には、「不快な感情を一時的にでも軽減したい」という、本人にとっての建設的な側面があるのです。

適応機制を新たな角度から捉え直してみると、他者や環境との間で生じる不調和から「自分の身を守ろうとする」ための本能的なメカニズムであるともいえます。したがって、適応機制は、避けるべき働きではなく、「状況に適応できるようになるための第一歩」であると理解する必要があります。
本能的なメカニズムは、ヒトに限らずさまざまな動物に備わっています。例えば、野性の生物の多くは、危険が迫ったときに攻撃・逃避・防御を繰り返しながら生き抜いていきます。そのように捉え直してみれば、適応機制は「生き抜くすべ」だと換言することもできるでしょう。

適応機制をコントロールするために

しかし、このような適応機制は、社会生活を営むうえでは、人間関係にマイナスともなりえます。

もし、その子の行動変容を促すのであれば、「叱られている立場なのに、おまえはまだウソをつくのか!」といったダメ出しの畳みかけ的な指導では、効果はありません。それ以上、叱られないようにするために、その子がより巧妙にごまかしを上塗りしてしまう危険すらあるからです。

子どもと向き合うときには、まず、その子に「不快感情を受け止める」だけの耐性があるかを確認するという実態把握の作業が不可欠です。
そして、「上から」の指導ではなく、「横から」の関わりを意識することが求められます。「こういう場面では心がザワザワするよね」「でも、無理して取り繕う必要はないよ」と、安心感をもたらす言葉かけを行ったうえで、「解決に向けて、A・Bのプランがあるよ。あなたならどちらを選ぶ?」などのように、その子の判断力に見合う選択肢を示すような対応を心がけていくことが大切です。

今日の「そこ大事!」

  • 心理的に追い込まれた状況から落ち着いた状態に回復しようとするときに無意識に取るさまざまな手段のことを「適応機制」という。
  • 適応機制に基づく行動は、一見すると、自分勝手で反省しようとしない姿だと感じられるかもしれないが、本人にとっては、「不快な感情を一時的にでも軽減したい」「生き抜くためのすべ」という建設的な意味がある。
  • 行動変容を促すためには、「上から」の指導ではなく「横から」の関わりを意識し、安心感をもたらす言葉かけと選択肢を示す対応の2点を心がけていくことが重要。

〈参考文献〉

中島義明ほか 編『心理学辞典』有斐閣(1999年)p.75、pp.607-609

木村順・川上康則・加来慎也・植竹安彦 編著、発達障害臨床研究会 著『開けばわかる発達方程式 発達支援実践塾』学苑社(2014年)pp.111-112

Illustration: 熊本奈津子

川上 康則

1974年、東京都生まれ。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザー。立教大学卒業、筑波大学大学院修了。肢体不自由、知的障害、自閉症、ADHDやLDなどの障害のある子に対する教育実践を積むとともに、地域の学校現場や保護者などからの「ちょっと気になる子」への相談支援にも携わる。著書に、『子どもの心の受け止め方』(光村図書)、『教室マルトリートメント』(東洋館出版社)、『〈発達のつまずき〉から読み解く支援アプローチ』(学苑社)など。

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