みつむら子育て応援特集
2026年7月15日 更新
金原 瑞人 翻訳家・法政大学名誉教授
長期休みこそ読書を、そんな声を耳にします。今回は、これまで数多くの本に触れてきた金原瑞人先生が考える、“長期休みの過ごし方のすすめ”をお届けします。
図書館などの講演でよく質問にあがるのが、「うちの子は、ほとんど本を読まないのですが、どうしたらいいですか。何かいい本はありませんか」。この手の質問には困ってしまいます。というのも、ぼくも小学生のときはもっぱら漫画とアニメに夢中になっていて、児童書などろくに読まなかったからです。それが中学生になって、漫画やアニメに飽きてしまい、夏休みの感想文に森鷗外の『高瀬舟』について書いたら国語の先生に褒められて、なんか活字の詰まった本もおもしろいかもと思ったのが小説を読むようになったきっかけです。

おお、中学校の頃からずいぶん立派な本を読んだじゃないかと感心されるかもしれませんが、そのとき図書室にずらっと並んでいた旺文社文庫(今はもうありませんが、グリーンの表紙でした)でいちばん薄い本が『高瀬舟』だったのです。というわけで、次はヘミングウェイの『老人と海』でした。これも薄い! それにぼくは釣りが大好きでした!
そのうちまわりの友達に影響されて、翻訳物、特にSFとミステリを読むようになり、やがてうちにあった海外の文学全集の中から読みやすそうなものを読むようになりました。当時、つまり60年代から70年代にかけては高度経済成長期でもあり、教養主義的な指向も強く、多くの家庭で、文学全集や百科事典を買って、読むか読まないかは別として、応接間に飾っていた時代でした。
まあ、それはともかく、そんなわけで、ぼくはもともと、漫画や小説が好きで身近に本があったからこんなふうに育ったわけです。しかし、考えてみてください。本を読むのが得意な人もいれば、苦手な人もいます。もちろん、好きな人もいれば嫌いな人もいます。その点、スポーツに似ています。さらに、読書にもスポーツにも実質的なメリットがあります。例えば、本に親しんでいれば、文章を読むのに慣れるので、国語の成績はある程度上がります。適度なスポーツをしていれば、筋力も体力もつくし、より健康的な生活を送ることができます。
しかし実質的なメリットはその程度です。どちらもたいしたことはありません。本好きで本をたくさん読んでいたからといって、難関といわれる大学の現国の試験で合格点が取れるわけではありません。またスポーツが好きで人一倍スポーツに打ち込んだからといって、スポーツ推薦で有名な大学に入れるわけでもありません。
たまに、本を読むと、人の気持ちを理解できるようになるし、さまざまな人生を疑似体験するわけだから視野が広がり、よりよい生き方を考えられるようになるという人がいます。また、スポーツの場合、陸上などの個人競技の場合は、ひたすら自分との闘いであって、忍耐力がつくし、自制心が養われる、団体競技の場合はチームプレイを通じて他人の気持ちを察しながらチームのために尽くすので、人間の観察力や協力の大切さを学ぶことができる、どちらも人格形成に大いに役立つという人がいます。
しかし、今まで35年ほど翻訳や本の紹介に関わってきて、その一方、10年ほど法政大学体育会の射撃部の部長も務めてきた経験からいわせてもらうと、そんなことはありません。例えば、大学の文学部の教員は一般の人の数倍、小説や研究書を読んでいるのですが、一般の人と比べて人間的に優れているかというと、決してそんなことはないし、プロのスポーツ選手もまったく同じです。
そう考えると、どちらもたいしたメリットはありません。いってみれば、読書もスポーツも嗜好品のようなものです。好きだから読む、好きだからやる。それだけです。
しかし、読書やスポーツが時によって、また、その人にとって救いになることがあるのは確かです。それは多くの作家やスポーツマンに限らず、本の一般読者や、アマチュアのスポーツマン、いや、草野球の愛好家などにもそういう人がいるのは間違いありません。あのとき、あの本がなかったら、あのとき、あのスポーツに巡り会わなかったら……!という声を耳にすることがときどきあります。本やスポーツが深い悩みや絶望から引っ張り上げてくれることもあるのです。
考えてみれば、それは読書やスポーツだけでなく、音楽や芸術も同じはずです。

例えば、こんな作家の言葉があります。
(前略)CDをセットすると、大音量に震えるスピーカーと二等辺三角形を結んだまま動けなくなった。三年前の夏、音楽に救われた時の事を思い出した。精神科に行ってもどんなに薬を飲んでも癒やされなかった傷が、一枚のCDで癒えてしまったのが、今でも嘘のように思える。
目を閉じて曲を聴きながら、いつかまたこのオーディオや音楽に命を救われる日が来るかもしれないと思った。いや今が正にその、救われた瞬間なのかもしれない。(『踊り場に立ち尽くす君と日比谷で陽に焼かれる君』金原ひとみ/朝日新聞出版)
読書、スポーツ、音楽、芸術、すべてある意味、嗜好品でありながら、どこかで生の根源に深く強く結び付くことがあるということなのでしょう。どれも気軽に楽しめるものでありながら、人間の本質に迫ってくるものをもっているのです。
だから、どれか一つでも夢中になれるものをもっている人は幸せです。ことさら読書にこだわることはありません。もちろん、これら4つ以外のものもいろいろあると思います。料理、旅行、探検、ボランティア、などなど。そう考えると気が楽になりませんか。
ぼくの場合はたまたま、その中で本がいちばん好きだった。それだけです。そして本好きになるしかないような人が本の楽しさを味わうことなく一生を終えるのは、残念だ、そんな人にぜひ本のおもしろさを知ってほしいと考えて、自分は本の紹介を書いたり翻訳をしたりしてきたような気がします。ただ、それだけです。
さて、そろそろ長い夏休みに入ります。自分が本好きだと、つい子どもも本好きになってほしいと思いがちですが、子どもには子どもの感性があり、個性があります。読書を押しつけたりせず、こいつはいったい何が好きなんだろう、どんなものに興味をもってるんだろうという目で子どもを眺めてみませんか。夏休みこそ、子どもは勉強すべきだという大人は多いのですが、夏休みこそ、大人が子どもを勉強するときなのではないでしょうか。なにしろ、うちにいる時間がこんなに長いのですから。
子どもの好きなことについてあれこれ話し合って、親の好きなことについてあれこれ話し合えたら、きっとすてきな夏休みになると思います。
10代がえらぶ海外文学大賞
金原瑞人先生も選考委員を務める「10代がえらぶ海外文学大賞」では、現在、10代の皆さんからの投票を募集しています。
魅力的な作品がたくさんの海外文学を10代の皆さんに読んでもらいたい!という思いから始まった「10代がえらぶ海外文学大賞」。2026年7月1日(水)~10月12日(月)に実施される二次投票では、ノミネート作品への投票を受け付けています。10代の方ならどなたでも参加できますので、この機会に投票してみてはいかがでしょうか。
詳細は「10代がえらぶ海外文学大賞」のページをご確認ください。
二次投票 ノミネート作品[10代がえらぶ海外文学大賞]

金原 瑞人(かねはら・みずひと)
翻訳家・法政大学名誉教授
1954年岡山市生まれ。翻訳家・法政大学名誉教授。訳書は児童書、ヤングアダルト小説、一般書、ノンフィクションなど660点以上。日本にヤングアダルト(Y.A.)というジャンルを紹介。訳書に『豚の死なない日』『青空のむこう』『国のない男』『不思議を売る男』〈パーシー・ジャクソン・シリーズ〉『さよならを待つふたりのために』『月と六ペンス』『文学効能事典』『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる/ハプワース16、1924年』など。エッセイ集に『翻訳はめぐる』『英米文学のわからない言葉』など。監修に『12歳からの読書案内』『13歳からの絵本ガイド YAのための100冊』など。日本の古典の翻案に『雨月物語』『仮名手本忠臣蔵』など。
Illustration:こやまもえ
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