子ども理解の 「そこ大事!」
2022年3月1日 更新
川上 康則 東京都立矢口特別支援学校主任教諭
子どもたちとの距離を埋めるための大事なポイントを整理して、具体的に解説します。
第10回 子どもが大人に求める関わり
――安全基地(Secure Base)
信頼できる大人がそばにいる空間
かつて、子どもの発達と愛着の関係に着目した心理学者ボウルビィは、「子どもたちが順調に穏やかに育つためには、『安全』と『探索』が必要だ」と述べ、その土台として「アタッチメント」の形成が不可欠であると説明しました。
アタッチメントは「愛着」と訳されていますが、本来の意味は「接続・装着・連結・取り付け」です。必要な場面でグッと距離を近づけ、そうでない場面では、背中をそっと押して飛び立たせるというイメージです。
信頼できる大人がそばにいて、安全な空間をつくってくれるという「安心感」が子どもたちの心を支えます。そして同時に、広い社会に勇気をもって飛び出すことへの後押しを受け、子どもは主体的に「探索」をし始めます。
離れていても信頼し合い、何かあって戻ったときには安心感をもたらしてくれる存在が、子どもの発達には必要です。後年、心理学者メアリー・エインズワースによって、こうした役割をもった大人の存在が「安全基地(Secure Base)」と名付けられました。
今の学校現場では
安全基地の必要性は、親子関係だけに限定されるものではありません。
赤坂真二氏は、「自信をもつことにおいても、失うことにおいても、他者の役割は無視できない」(2013)と述べたうえで、教師が、子どもの安全基地としての役割を果たしているかどうかが極めて重要であるとしています。
子どもの安全基地でいるためには、スゴい技術や腕、手立てが必要なわけではありません。子どもが「自分のことを気にかけてくれている」あるいは「自分のことをわかってくれている」という安心感に包まれるような関わりを、日常的に心がけるようにすることが大切です。
なぜなら、安全基地は「信頼に足る人が、つねにそこにいてくれるという日常」で成り立っているからです。
残念ながら、今の学校現場には、「教師が子どもたちの安全基地たりえているか」という議論が全くないように思います。職員室で、子どもの努力不足や親の協力不足だけを非難するような会話が繰り広げられているようなことはありませんか?
学校が安心して通える場であるためには、安全基地としての役割を自覚した教師がそこにいることが必要です。そのために、日ごろから意識して繰り返しておきたいことがあります。それは、以下に示すような七つのプラスの関わりです。
- 目を合わせる
- 笑いかける
- 語りかける
- 触れ合う
感染症対策をしながら。また、子どもによっては、距離感が近いことは嫌悪刺激になるので注意。 - 子どものあらゆる行動を当たり前と見なさずに「ありがとう」と感謝を伝える
「今日も登校してくれてありがとう」「耳を傾けてくれてありがとう」など。 - 「やる/やらない」にかかわらず、前向きな気持ちを後押しする
- 成果や結果を承認するのではなく、存在を承認する
人の意欲の根っこには、愛情が欠かせない
人には「情動的支えを求める欲求」や「情動や経験を共有したいという欲求」があります。それらが十分に満たされているという土台があればこそ、主体的に活動できるものです。
そして、子どもが順調に育つためには「愛情」が不可欠です。いうなれば、「人の意欲の根っこには、愛情が欠かせない」ということでしょう。
先述した 7 では「存在承認」の必要性について触れました。「愛情をかける」とは、言い換えれば、「今のままのあなたで、大丈夫」という関わりを続け、「その先もきっと、大丈夫」をつくり出す継続的な営みだといえます。
そのように考えていくと、挨拶や名前を呼ぶこと、話に耳を傾けてうなずくこと、ねぎらいや感謝の言葉を伝えること、ちょっとした変化に気づいて声をかけること、約束を守ること……などの、日常の何気ない関わりにこそ、実は、子どもの発達にとって重要な価値があったのだということに気づけるのではないでしょうか。
今日の「そこ大事!」
- 子どもの順調な発達には、「安全基地」としての大人の存在が不可欠。
- 安全基地は、「信頼に足る人が、つねにそこにいてくれるという日常」で成り立っている。だからこそ、日常の何気ない関わりを大切にしていく必要がある。
- 人の意欲の根っこには、愛情が欠かせない。「愛情をかける」とは、「今のあなたで、大丈夫」という関わりを続け、「その先もきっと、大丈夫」をつくり出す継続的な関わりのことをいう。
〈参考文献〉
赤坂真二 著『ほめる 叱る 教師の考え方と技術』ほんの森出版(2013)pp.23-26
Illustration: 熊本奈津子
川上 康則
1974年、東京都生まれ。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザー。立教大学卒業、筑波大学大学院修了。肢体不自由、知的障害、自閉症、ADHDやLDなどの障害のある子に対する教育実践を積むとともに、地域の学校現場や保護者などからの「ちょっと気になる子」への相談支援にも携わる。著書に、『子どもの心の受け止め方』(光村図書)、『教室マルトリートメント』(東洋館出版社)、『〈発達のつまずき〉から読み解く支援アプローチ』(学苑社)など。