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2025年7月15日 更新
古賀 及子 エッセイスト
長期休みは日記を始めるチャンス。日々の日記を書き続け、日記エッセイの著書ももつエッセイストの古賀及子さんに、日記のよさ、楽しく続けるヒントを教えていただきました。
私は日記を書くのが大好きです。
日記を書いていると、どんどんわくわくしてきます。書き終わると、今日も書けたことがうれしくて、いてもたってもいられなくなって、毎日走り出しそうです。
なにがそんなに楽しくて、どうしてそんなに好きなのか、自分ではちょっとよくわからないんです。
でも今日は、「日記が宿題で出たけれどうまく書けないな」、「続けて書きたいのにすぐにやめちゃうんだよな」、そう感じている方に向けて、楽しく書くにはどうしたらいいか考えてみました。
日記が好きで、すでに楽しんで書いている人は、気にせずどうかこれまでどおりの自分の方法を大切に! これは、書けない人へのヒントです。

日記を書くと、自分が自分でしかないことがよくわかります
実は私は、日記を書くことで得をしようとしてはいけないと思っています。何かいいことがあるから書くんじゃない、ただ楽しくって書くから、続くんだと思うんです。
でも、それだと宿題の日記をどうしても書かなくちゃいけないみなさんや、続かなくて参っているみなさんには、ちょっとやりがいがないですよね。
経験上ひとつ言えることがあります。それは、日記を書き続けると、自分が自分であると痛いほどよくわかる、ということです。
なんだか活躍できていないなと感じたとき、誰かの成果が羨ましくなったとき、自分がどこにいるのかわからなくなってしまった、大勢の中にうずもれた小さな何ものでもないひとりだと、寂しくなったときに、日記はたすけになります。
書いて重ねた暮らしの記録が、自分の日々の証明になるからです。
何かとくべつなことが起こる必要はありません。起きて一日を過ごして寝る、誰でもやっていることかもしれませんが、それを、あなたの体で、あなたの名前でやれるのは、あなただけです。日記はそれを書くものです。
よく見て、よく聞いて、そのまま書こう
それにしても何を書いたらいいのかな、書くことがないなと思いますよね。
どうかよく見て、よく聞いてください。見たこと、聞いたことを、見たとおりに、聞いたとおりに書いてみてください。
たとえば、私の今日の日記にはこんな具合の文があります。
6/16
朝食は、食パンとトマトと鶏ハム。
食パンはスーパーのプライベートブランドの全粒粉入りの、6枚切りを1枚。
焼けたのを半分に切って、片方はジャム、片方は缶詰のゆであずきを塗った。ジャムは大瓶のママレードで、安いやつ。甘い。ジャムは安いと甘い。あんこは安くても高くても甘い。
トマトにかけたドレッシングが皿にたまっていたから、皿に橋を渡すみたいに箸を置いて、その上にパンを乗せた。
これくらいだったら書けるかもなって、思いませんか。

ひとつのことを書いてみよう、わざわざ書こう
朝から晩まで全部書く必要はありません。まずは、何かひとつの景色や出来事を書くことから始めてみると書きやすいです。
朝ごはんは何でしたか。
家族の誰がどんな話をしていましたか。
どんな服を着ましたか。
どこへ行きますか、何が見えましたか。
どんなことをしましたか、誰が何と言っていましたか。
昼ごはんは、夜ごはんは何を食べましたか。
何かを読みましたか、観ましたか。
いつものこと、当たり前のことでも、わざわざ文字にして書いてみてください。わざわざ書くのが日記の肝です。話すほどのことではないことが、書くほどのことです。

書くために、何かを思わなくていい
見たこと、聞いたことに対して、感想を書く必要はありません。
何か思わなくちゃいけない、感想を書かなくちゃいけないとなるとひと苦労で、これこそが、日記の宿題を大変なものにする、日記を続かなくさせる落とし穴ではないかと、私はにらんでいます。
私なんかだと、日頃だいたいぼんやり過ごしていますから、繊細に何か思ったりなどしていません。食パンをぼんやり焼いて、ぼんやりジャムやらを塗って、ぼんやり食べています。
ただ、お皿にドレッシングがたまっていたから、箸を渡してパンを乗せた、それが書いてあることで、ぼんやりながらに、ああ、ドレッシングにパンが浸らないようにしようと思ったのだなと、わかりますよね。
頭ではっきりと言葉にできていないことも、行動をとらえて書くことで浮かび上がってきます。
もうひとつ、さきほどの文にはこうも書いてあります。
ジャムは安いと甘い。あんこは安くても高くても甘い。
これは「思ったこと」ですね、でも書くために思ったことではないんです。はっとして、気がついたことです。
書くために無理して思わないこと、思わないままに、気がついたことをつかんで書けるようになると、いよいよ文を書くのが楽しくなってきます。自分のことを、案外おもしろい人だなと、思えるようになります。
文を書くのはおもしろく、そうして頼もしい
そうなんです。文を書くのは楽しいです。
おもしろくなってくるまで、もしかしたら少し時間がかかるかもしれません。なんとかじっと踏ん張って、我慢して、頑張って続けてみると徐々にじわじわ立ちあがるように、書く手から興奮が現れ始めます。
6/7
子どもの中学校の保護者会へ。体育館に並べられたパイプ椅子に座ったら、パイプの部分が冷えていて、太ももの部分が冷たかった。じっと座っているうちにやがて温まった。
6/12
歩いていたら、後ろから白い軽トラが追い抜いていった。荷台には小さな椰子の木が寝かせて2本乗っていた。葉が風を切って、もうずっと向こうにいる。曇りの空から、少し雨が降り出した。
6/13
アスファルトの隙間から雑草が生えるのはこれまで見たことがあったけれど、今日は歩道の真ん中から堂々として生え出しているのを見た。ずいぶんしれっと、当然のように生えている。
6/15
行きつけの美容院は、いつもお茶と一緒にお菓子も出してくれる。今日は美容師さんとの話がはずんで食べるタイミングがなくなってしまった。でも食べたい。帰り際に「持って帰っていいですか」と聞くぞと腹をくくったその瞬間に、美容師さんが「どうぞお持ちになってください」と言ってくれた。
帰って早速食べる。衝撃的なおいしさに、なんだこれはと検索するほど。
東京風月堂の「サピニエール」という、ゴーフルを重ねてチョコレートでコーティングしたお菓子らしい。値段がわかってしまった。
こんなふうに毎日書いては、私は自分ひとりの納得で、やったー! と喜んでいます。
無理に自分自身のことを書こうとしなくても、自分の考えや感想を書かなくても、見た景色、聞いた話、外側の世界のことをちょっとずつちょっとずつ、書いて重ねていくことこそが、むしろ自分の輪郭線をはっきりさせるんじゃないかと、私は思っています。
今日のことを書いて、明日のことも書こう、どこへ行っても、もう自分が自分であることに疑いはありません。それはとても頼もしいことです。もし日記の宿題が出ていたら、日記を書いてみようと思っていたら、きっと大チャンスです。
書きながら、あ、楽しいな、おもしろいなと思う瞬間がみなさんの中に少しでもよぎったら、とてもうれしいです。

古賀 及子(こが・ちかこ)
エッセイスト
1979年東京都生まれ。2003年よりウェブメディア「デイリーポータルZ」に参加。2018年より、はてなブログ、noteで日記の公開を始める。著書に、日記エッセイ『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』『おくれ毛で風を切れ』(ともに素粒社)、エッセイ『好きな食べ物がみつからない』(ポプラ社)、『巣鴨のお寿司屋で、帰れと言われたことがある』(幻冬舎)、『おかわりは急に嫌 私と「富士日記」』(素粒社)など。近著に『よくわからないまま輝き続ける世界と 気がつくための日記集』(大和書房)。